トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


トップページ
琉球衛研物語 §01
全国の衛生研究所とその働き


Evidence Based Medicineということばが
よく使われるようになった。

日本語でいうと、「事実・証拠に基づいた医療」ということになろうか。
しかし、それでは余りにもブッキラボーで、判りづらい。
第一、事実に基づいた医療というからには、
証拠に基づかない医療というものがあるということになる。

実際、大昔には、人体の摂理などを理解しないまま、
例えば呪術で病人を手当てしたというし、
試験・検査の設備もないところでは、
優れた医師でも経験や勘で治療せざるを得ない状況もあり得た。

そんな時でも、医師の頭の中には、
それまでに身につけた数々の経験や
証拠に基づく知識や技術の系譜が整然と

肝心なのは、対応した医療の細部にわたって記録し、
いつでも患者や関係者に説明することのできる
事実関係の証拠を残すということだ。

関係者に説明できることを最近では
「説明責任=Accountability:アカウンタビリティー」といって、
これまた民主主義先進社会での常識となっている。

いい加減な医療行為や無責任な行政行為を
許さないとする国民の気持ちの表れだろう。
証拠に基づく行為というのは、なにも医療に限ったことではない。

思い込みや希望的観測で事を進めてはいけない分野、
例えば会社の経営や国・県・市町村の行政の場合でも、
事実関係を調査し、
根拠を確保してから企画し、実践しなければ成功はおぼつかない。

また、行政行為に不具合が生じたときに、
納税者に対して理路整然と説明しなければならない。

そのためにも、行政は科学的根拠を整えるための、
様々な試験検査機関を整備するのだ。
全国の都道府県および指定都市には、各分野の試験・研究機関がある。
農事試験場、水産試験場、工業試験場、そして、衛生研究所等々である。

そして、当然、国には各省庁に属する試験・研究機関があり、
全体として、試験・研究機関の壮大なネットワークが
形成されているのである。

ヨーロッパやアメリカでも全国を網羅する
衛生研究所のネットワークが完成していて、活躍している。

アメリカのCDCやイギリスのNational Laboratory Service と並んで、
日本の国立予防衛生研究所と全国衛生研究所協議会の組織も
有機的に連動し、
それそれの都道府県の衛生状況を睨んで監視おさおさ怠りない。

沖縄の場合は、どうか。
戦前にも衛生に関する検査所が細細ながら存在していたようであるが、
業務のほとんどが警察のためだったり、
淋病・梅毒など特殊な疾病の対応に追われて、
地域全体がどうなっているかという広い視野での調査は
やれない状況であった。

県域全体を見渡して、
住民の健康事象に視野を置いた活動を芽生えさせたのは、
終戦直後に設立された沖縄中央病院(現在の県立中部病院の前身)の
院外活動(Extra−mural activity)であろう。

沖縄に侵攻した米軍は、
上陸以前からすでに沖縄住民の衛生問題にも方針を定めて、
戦前の衛生水準をまず保障し、
占領行政に支障のない限り、居住民の風習と財産権を尊重し、
住民が望むならという前提で、
それ以上の水準を目指して施策を展開するということを言外に含めた、
いわゆる“ニミッツ布告”なる宣言をした。

現在の沖縄市コザ十字路(くすのき通り・警察署周辺)近くに設置された
“沖縄中央病院”は、米軍の野戦病院をそのまま転用した
カマボコ型コンセットから成っていたが、
一応総合病院の体裁は整っており、
戦後の混乱期には、とても頼もしい存在だった。

くすのき通り、旧コザ市(現・沖縄市)
くすのき通り、旧コザ市(現・沖縄市)

戦後引き続き駐留することになった米軍自らのためには、
改めて完全装備の軍病院を嘉手納に創って、
軍人・軍属の保健・医療に備え、
民間用の沖縄中央病院の育成にも力を注いだのである。

この点は、評価に値する配慮であった。
そして、特記すべきことは、病院に付設して、
「沖縄中央衛生検査所」を置いたことである。
これが、琉球衛生研究所(以下衛研)の萌芽となった。


次のセクション「§2 琉球衛生研究所の生い立ち」へ







琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp 
Copyright © Yoshida Chokei. All Rights Reserved.

inserted by FC2 system