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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ベトナム戦争の発進基地となった嘉手納から今日もまたB52爆撃機が爆音とともに飛び立つ。1968年頃。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

集団就職で本土へ向かう船の見送り風景。今日の飛行場にはない、テープでの別れ。1968年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §71.
寝たきり予防


衛研の定年(60歳)を迎えたチョウケイ、
まだまだ公務員として使えると考えられたか、
今度はコザ保健所長(65歳定年)への転勤を命じられた。

沖縄で一番古い保健所である。
旧「保健所法」の下で七つも設置されてあった県立保健所が
五つ(+那覇市在の中央保健所)に統合される最中、
保健・医療・福祉の分野はすでに新しい「地域保健法」の下で、
着々と変革されつつあった。

 コザ保健所正面玄関


保健・医療・福祉の連携を密にして、
地域に住む“生活者”に最も近い市町村が前面に立って
多角的なサービスを展開する。

これからの県立保健所は、市町村の背後に陣取って、
より広域的で高度のサービスを提供する立場をとる。

地方衛生研究所も同様の立場だが、以前にも増して、
より高度の情報活動とより精度の高い調査・解析能力が
求められることになる。

例えば、市町村の境界を越えた環境汚染、伝染病、環境衛生、
精神保健の問題、難病対策問題、疫学情報活動などは
引き続き積極的に取り組まなければならない。

赤痢、腸チブス、結核、性病に振り回された
チョウケイの保健所=衛研時代からみれば、疾病構造も大きく変わり、
生活習慣病対策、精神保健・福祉対策の比重が大きい。

そして、最も重点的に取り組まなければならないことの一つに、
長寿社会対策がある。

チョウケイが20年も暮らした衛研から
いきなり激動の保健所に移ってミークラガン(めまい)を覚えて、
時差ぼけを解消するのには、かなり時間がかかったが、
幸いコザ保健所にはベテランに加えて
ピチピチした中堅若手の職員が揃っていた。

まず、次長兼保健予防課長の中村医師を呼んだ。
長崎大学出の秀才である。
長崎大学風土病研究所出身のチョウケイにとっては、
半分同窓の後輩だが、つき合うほどに豊かな滋味が感じられる好青年だ。

県立中部病院での研修もバッチリ済ませて立派な臨床医でありながら、
公衆衛生の分野で活躍しているこのような医師を
欧米では「Public Health Minded Doctor(公衆衛生の心得のある医師)」、役職としては「M.O.H.=Medical Officer of Health」と呼んで
一目も二目も置いて敬う。
当然、お手当も一ランク上がるのが普通で、日本とは大違いである。

「中村先生、どんな仕事をすればいいんですかねえ、
いまの保健所で、私は?」
「まあ、ゆっくりして下さいよ、みんなでやりますから」
「ゆっくりったって、時代はどんどん移り変わっていく」
「先生がロンドンで習ったことをゆっくり実践したら、どうですか」
「ロンドンねえ」。

うっすらと笑みを浮かべて話す先生の柔和な語り口は、
聞く人の心をほぐす。

「いま、老人問題や<寝たきり予防>の問題が大きな課題です。
どうですか、所長の文才を生かして、
<寝たきり予防>のための郷土劇を書いてみては」
「郷土劇?」
「ちょうど、厚生省の予算が取れて、
<寝たきり予防>の広報教育費が降りたんです」。

「郷土劇って、ウチナーグチを使ってのドタバタかね?」
「全部方言を使わなくてもいいんです。一般の主婦や働き手がわかり易いように方言を混ぜる程度でいいと思うんです」

おだてに直ぐ乗る傾向の強いチョウケイだが、
劇のシナリオなんて一度も書いたことはない。

しかし、なんとなく“時代の風潮”が耳元でソヨソヨとそよぎ、
稚気稚気蛮蛮のチョウケイのやる気を擽っていた。

高校時代に片っ端からみたウチナーシバイの数々が頭に浮かんだ。
「奥山の牡丹」「泊アーカー」「伊江島ハンドーグヮー」「丘の一本松」・・・。
これらの郷土劇の場面を脳の襞からほじくり出していると、
なんとなく書けそうな気がしてきたのだ。

チョウケイは、看護課長の大城保健婦を呼んだ。

「~~というわけで、中村課長にそそのかされたんだが、どうね、
その<寝たきり予防>の問題という奴は?」
「それなんです。政府の大方針で、生活習慣病で寝たきりになる国民が
多くなっているということで、各地方で効果的な広報教育方法を使って、
その予防に努めて欲しいという通達です」

「それで、寝たきり予防の理屈を方言で分かり易く説明した方が一番ということで、郷土劇を思いついたわけです。先生、とうですか、一発!?」
「う~ん」。

「よし、やってみようか。一週間時間をくれ。考えてみる」。


* 寝たきりという言葉は、例えば生活習慣病の末に、病床に伏すという状況で、
方言では「ムシルとティーチー」と表現され、病床のゴザ(むしろ)とぴったり一つになった寝たきり状態を意味する。
死亡とは違った意味で本人と家族に与える時間的・経済的・心理的負担は大きく、社会的にも大問題となっている。

* 寝たきりになる前の備えとして、若いうちに国民が医療保険や介護保険に加入することが勧められているが、、
それよりも早く、中高年の寝たきりが増加して、介護難民が増えている現状がある。


        
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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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