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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ベトナム戦争の発進基地となった嘉手納から今日もまたB52爆撃機が爆音とともに飛び立つ。1968年頃。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

集団就職で本土へ向かう船の見送り風景。今日の飛行場にはない、テープでの別れ。1968年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §65.
ヴェロニカ製ろ過装置


衛生動物室の喜久本室長が、
浮かぬ顔をしてチョウケイ所長の部屋にやってきた。

普段は、にやりと含み笑いをしながらやって来るもんだが、
今日は様子が違う。

「どうしたの、不景気な顔して」
「いや、そのお、JICA研修生のことですがね。
カリキュラムが気に入らないらしいんです」。

「OICからの割り当てでは、衛生動物ですが、
本人はもっと為になる科目が欲しいらしいんです」。
「衛生動物が為にならんつうのか」
「そうはいいませんが、顕微鏡を覗いている顔がなにか不服そうなんです」。

「それで、なにか意見を聞いてみた?」
「これから聞くところですが、所長もどうですか、一緒に」
「よっしゃー、いこいこ」。

セニョリータ・ヴェロニカは、色浅黒く長身の南米美人。
南米北部のガイアナ共和国の保健省からJICA研修生としてやって来た。

環境衛生、公害対策、細菌・微生物学、医動物学など、
指定された科目を選択して一年間衛研で過ごす予定だが、
もう2か月も過ぎたというのに、科目がふらふらしていたんではいけない。

「ベロニカ、どうねえ、もう慣れた?」。
南米に2年以上いたチョウケイは片言のスペイン語は話せる。
これにところどころ英語を混ぜると、
南米の留学生には結構通じるから面白い。

「シー、ドクトル。オキナワ、タノシイネ。
ペロ、ヨ、ノ、メグスト、エスタ、ミクロスコピア」。
「顕微鏡は好きでないというが、では何をしたい?」。
「ウーン」と黙り込むヴェロニカに対して、チョウケイは、話題を変えた。

「ところで、ガイアナでは、いま一番なにが大きい公衆衛生の問題なの? 人々はどんな病気で死ぬのかしら」
「ディアレア!」
「下痢?」
「アグア ムイ スーシオ」
「水が汚いって、水道水なんでしょう?」。

ヴェロニカの説明によると、国民の多くが不潔な水を飲んでおり、
死亡率のトップが赤痢や腸チフスなどの
水系伝染病によるものだということである。

チョウケイは、東南アジア、インド、南米の田舎の水事情をよく知っている。

田舎どころか、都会の水道水も生でうっかり飲むと大変である。
冷蔵庫の氷も信用できない。

「喜久本君、テーマを変えて“水”にしようか。
沖縄に昔からある“簡易雨水ろ過装置”の勉強をしてもらおう」
「そうしましょう」。

こうして、ヴェロニカの研修計画が大きく変更された。
OICもOKしてくれた。

まず、水系伝染病の講義をチョウケイ所長が一くさり。
それから、現代の上水道システムとしての見本を
県内の浄水場施設で見学した。
各地の放棄された湧水や井戸も覗いた。
これらの湧水がどうして汚されたのか、歴史的な経緯や
水源地汚染問題や水系伝染病の発生した現場も見学した。

夏も終わる頃、ドラム缶が衛研に運び込まれた。
下の方に蛇口が付いている。

「ヴェロニカ、まず一番下にはなにを入れるの」
「ペブルね」
「そう、海の砂利でもいいが、ゴルフボールほどの玉石を敷いて」
「次は砂ね」
「ノーノー、いきなり砂では、下に漏れてしまう。次はスルガーね」。
「スルガー?」
「シー、セニョリータ。パームファイバー、ヤシの木の繊維よ。
沖縄では棕櫚の皮、つまりシュロガワという」
「ああ、それヴェネズエラにもたくさんあるよ」
「これを敷いて、その上に砂」
「そしてまたスルガー。その上にチャコールね」。
「そう木炭。ところでなぜ木炭を敷くの?」
「いろいろな有害物質や微生物を吸着する」
「そう、ご名答。だからできるだけ砕いて豆粒ほどにするといいね」
「その上に、またスルガー。次は?」
「砂!」
「なぜ?また?」
「雨水と一緒に入ってきた埃やごみや木の葉などを取り除くためね。
一番下の砂と同じく、砂の層の中にたくさんのバクテリアが繁殖して、
浄化を助けるのよね」
「そして、またスルガー」
「シー、ポイ」。

こうして、“沖縄流ヴェロニカ製簡易雨水ろ過装置”が完成した。

試しに、敢えて池の溜まり水が注がれることになった。
バケツでそろそろと水を注ぐヴェロニカの目が輝いていた。
そして、蛇口から出てくる水が定期的に採取され、
微生物学的に、化学的にチェックされた。

ヴェロニカは、ろ過装置の図解から製作手順、
水質検査の結果などすべてを盛り込んだ論文を書き上げた。

論文の末尾で、「この手頃な装置はわが国の水系伝染病を半数以下に減らすであろう事は間違いない」と結んであった。

年が明けて、帰国する前に、ヴェロニカがコーヒーパーティーを主催した。
自分で開発した“ベロニカ式ろ過装置”の蛇口から出る水で
カプチーノを用意し、職員に振舞ったのである。
絶妙な味と香りであった。


簡易雨水ろ過装置を検討中のJICA研修生ヴェロニカ女史と、筆者(右)、1991年


        
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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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