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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ベトナム戦争の発進基地となった嘉手納から今日もまたB52爆撃機が爆音とともに飛び立つ。1968年頃。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

集団就職で本土へ向かう船の見送り風景。今日の飛行場にはない、テープでの別れ。1968年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §64.
久高島にハブ


電話が鳴った。チョウケイ所長がとると、
「久高島にハブが現れたそうですよ、所長!」と、
総務課の女性職員が興奮したような声でいい、
「知念村役場からです」と付け加えた。

沖縄本島南部の東側にある
知念村(現在、佐敷町・玉城村・大里村と合併して南城市となっている)は、
知念半島を囲むように海岸線に伸びている農村で、
標高およそ80メートルの段丘と海岸線の間の斜面には
亜熱帯照葉樹林が茂り、斎場御嶽という名所旧跡があり、
また近くには琉球人が最初に稲を植えたという受水走水(ウキンジュハインジュ)の遺跡もある。

どういうわけか、琉球王朝歴代の王がこの場所を祈りの聖域と選んで
参詣し、東方に浮かぶ久高島を恭しく遥拝した。

その久高島は、知念半島から
わずか4キロメートルの沖合いにある小さく平たい島だ。

 神の島・久高島


隆起した珊瑚礁の台地に砂が堆積したような貧寒とした小島で、
典型的な“島チャビ”の離島だが、
ひょっとしたら琉球人が最初に上陸したのがこの久高島で、
ここに最初の地歩を得てから、対岸の斉場御嶽あたりの様子を窺い、
次第に沖縄本島南部に移り住んだのではないかと思われるほど、
古いエピソードに富んだ島である。

本島に渡り住んで繁栄した一族が、
祖先の足跡のある久高島をいつまでも忘れずに、
知念半島から毎年遥拝したという図式は、案外通用するのかもしれない。

島では、古くから“原始共産制”が布かれ、
土地の個人所有は許されない。
男子禁制のお願所があり、  
12年に一度の祈願祭(イザイホウ)には白装束に身を包んだ
ノロ(神女たち)が鬱蒼としたお願所に集まり、踊り、祈る。

この久高島、高い山や深い森があるわけでもなく、
島の骨格をなしている珊瑚礁の岩と砂浜に
アダンとモクマオウが防風林を茂らせているだけの単純な島だ。

もともと太古の昔、琉球列島のハブの分布が定まった後に
隆起して海面上に現れた比較的に若い島である。
だから、戦前・戦後を通じてハブは全く生息しないと信じられてきた。

そんな神聖・無垢な島にハブだと!!?

チョウケイ所長は、ハブ支所の城前君を電話に呼び出した。
琉球大学生物学科を主席で卒業して直ぐ衛研に飛び込んだ秀才だ。

「おい、久高島にハブはいるか?」
「おらんすよ」
「大きなハブが見つかったというんだが・・・」
「ああ、誰かが持ち込んだんでしょう」。

ブッキラボウには馴れているが、あっさりし過ぎて話しにならない。
現地調査をして、「実は、久高島にも昔からハブがいた、という新事実を
明らかにして、高良鉄夫博士の定説をひっくり返して見ようかな」
などと、不埒な考えを抱き始めていたチョウケイも形無しである。

しかし、ハブの非生息地であった久高島にハブが現れたということは
由々しい問題で、確かめなければならない。
犬や猫が見つかったというような長閑なものではないのだ。

「見つかったハブは一匹なのか、大勢繁殖しているのか、
持ち込まれたものならどういう経路で侵入したのか、
一つ君に一任するから調べて来てくれんか」。

翌日、城前君は馬天港からポンポン船で久高島に渡り、詳しく調べた。

やはり、一匹だけで、その外に繁殖している気配はなく、
人間が持ち込んだものと推論された。

島中の情報を集めて彼が出した結論は、
「数年前から始まっている久高漁港の建設のために、
大量の資材が本島から運び込まれた。中には本島で満載した上で何日もハブ地帯に待機させてから運んできた資材もあるという。
ハブがトラックに乗り込んで転寝しているうちに久高島に運ばれた」
というわけである。

港の近くの防風林で発見されたハブは、2メートルを越える大物。
推定年齢10歳。
とても10年間を久高島で見つけられずに過ごしたとは思えない。

しかし、もしハブのいない島に、
成熟したオス・メスのハブが数匹ずつ運ばれたら、
確実にハブの島になっていくことは理論上明白である。


* 近年、沖縄本島南部に観光用に導入されたサキシマハブが、業者の檻から逃げ出して、南部一帯に繁殖して定着し、在来ハブとの混血・雑種も現れている例や、同じく業者の手を離れて北部の山林に繁殖を始めたコブラや台湾ハブのことを考えると、久高島の一件は、県のハブ対策当局と沖縄生物学界に重大な警告として与えられたものと考えられた。  
1910年、東京大学の渡瀬庄三郎博士がインドのデカン高原から沖縄に導入したマングースが、いま在来生物を蹴散らしながら北上を続け、貴重な固有動物群を絶滅危惧種に追い込んでいる状況とは類似の失態である。現在、生物学者を中心とした対策斑が、マングースの北進を遮断するための金属製のフェンスを莫大な国庫補助を得て国頭の山林に設置しつつある。



        
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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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