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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ベトナム戦争の発進基地となった嘉手納から今日もまたB52爆撃機が爆音とともに飛び立つ。1968年頃。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

集団就職で本土へ向かう船の見送り風景。今日の飛行場にはない、テープでの別れ。1968年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §61.
目下フンセンチュウ


衛生動物室の田里君が、
大きな図体を揺らしながら所長室にやってきた。

彼が入って来ると、部屋の空気がフワリと移動して、
ノックせんでも気配で分かるぐらい、ボリユームのある立派な体格である。

長年衛生動物、特に腸内寄生虫対策のベテランとして努めてきたが、
実のところ、沖縄県寄生虫予防協会(現沖縄県総合保健協会)を中心とした多年の活動によってほぼ防圧されたと思われる腸内寄生虫でも、
この分野の専門研究員である彼にとってみれば、
まだまだ油断のならない曲者で、
県内いたるところでまだ落ちこぼれているであろう腹の虫を、
鵜の目鷹の目で探求している毎日である。

その腹の虫、沖縄では戦前から繁盛して、
子供だけでなく大勢の大人までこれにやられた。

大物は、回虫と十二指腸虫、東西の両横綱である。
回虫はミミズを太く長くしたような格好で、
人間の消化管に棲みつき、ときには胆管に半身をつっこんだりして、
激痛をもたらす。

東海道で美しいお女中が急に腹痛でしゃがみ込む情景が
時代劇などに見られるが、その多くは回虫のいたずらだったのではと、
考察する寄生虫学者もいる。

しかし、普段は静かに繁殖して無数の卵を生み、
糞便と共に外界に撒き散らす。
糞便を肥料にしていた時代、畑の土に潜んでいた虫卵が
雨に打たれて跳ね上がり、野菜の葉に付着したら、
その野菜を食べた人の体内に移るという仕組みを繰り返す。

回虫卵の表面には厚い蛋白質の皮があって、
野菜の表面にしっかりと粘着するようになっているのだ。

一頃、中国や韓国から輸入されたキムチに
回虫卵が見つかったという事例が報道されたが、
もう日本では絶滅したものと考えられている。

戦前、海人草(ナチョーラ)を飲まされた経験のある世代には
懐かしい思い出の腸内寄生虫である。

もう一つの横綱は、鉤虫いわゆる十二指腸虫である。
長さ1cmほどの小兵ながら、ときに数百数千の群れが小腸に食らい付き、せっせと血液を吸うのだから大変である。

一匹の虫が一日0.05ccの血を吸ったとしても、
全部の虫の吸血量は少なくない。

死にはしないが活力を失い、貧血で半病人となる。
これが鉤虫病の怖いところ。

回虫と違い、糞便と共に畑に出た卵は直ぐ孵化して、
眼に見えないほどの小さく細長い幼虫となる。
幼虫たちは、湿った土くれの表面に集まって、
人間の足に飛び移り、皮膚を貫いて体内に入る。

田里君の長年の研究によれば、回虫も鉤虫も
野外便所と芋畑の耕作面積の急速な減少と集団検便の挟み撃ちに会って寄生率はゼロに収斂していったという。

「所長、もう一つすごいのが残っていますよ」
「すごいのって?」
「糞線虫です」
「うん、君が目下奮戦中であることは知っているが、
Strongyloides stercoralisがまだ生き残っているというのか」

「そうです。集団検便をすり抜けた保虫者が、
特に中高年層にまだ少なくないんです」
「ふーん、とすると、糞便に出る前に腸の粘膜から侵入して重感染し、
体内を移動している幼虫たちが見逃されたのだな」
「その通り」。
「従来の検便方法を少し検討せんといかんなあ」
「もう、検討してあります」
「ほう」。

田里君の考察では、腸管内にいる親虫と幼虫は
特効薬で駆虫することとし、
血液の中に入り込んで全身を旅している幼虫達には、
成長して後、再び腸管内に戻ってくる頃(この頃合いが難しいのだが)、
詳しい検便をして投薬し、
絶滅させるという二段構えの方法がいいという。

そこで、、田里君らが琉球大学医学部の指導を受けながら開発したのが、
「寒天培地培養法」である。

従来の試験管内濾紙培養法では、
およその幼虫の観察しかできなかったのを、
寒天上に顕微鏡で明瞭に鑑別できる画期的な検査である。

糞線虫は、厄介なことに、親虫から出た卵が腸の中で
直ぐ孵化して幼虫となり、糞便と共に対外に出ることなく、
そのまま腸の壁から全身に散布されるという特性を持っている。

体内で増えすぎると、腸内細菌をくっつけたまま
脳脊髄に入り込んで重篤化したり、肺臓の中で群がり、
時に喀血の原因となったり、痰に混じってチリ紙に移り、
これがまた家族に感染するという意外な感染経路を持つのである。

回虫と鉤虫がいずれも畑を経由して人体に入るのとは違って、
患者からいきなり家族にも移り得るとう特殊なルートがある限り、
田里君の心配は当分続くことになる。


        
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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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