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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ベトナム戦争の発進基地となった嘉手納から今日もまたB52爆撃機が爆音とともに飛び立つ。1968年頃。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

集団就職で本土へ向かう船の見送り風景。今日の飛行場にはない、テープでの別れ。1968年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §60.
ハブ探索犬


1980年、衛研の大里村への新築移転が済んで、
いよいよ本格的な調査研究業務が始まろうというとき、
ハブ支所の新築移転の問題が起こった。

浦添市経塚にあるハブ支所は、
ハブ抗毒素の研究をするための馬小屋もあり、
馬を倒して血液を採取するための倒馬機もあり、
細々と毒素の研究をする分には間に合うが、如何せん、
抗毒素の研究がほぼ終了して、治療薬としての抗毒素の生産が
熊本県にある研究所に引き継がれてからは、
主務としての実験をするため部屋がなく、
建物が古く、全体としてハブの生態学的研究施設としては、
いよいよ手狭になってきたのである。

そのハブ支所の山里支所長がチョウケイ所長の部屋にやってきた。
「所長。国庫補助が確定して、ハブ支所の施設建設が
いよいよ始まるようですよ。薬務課からの指示で、
あらましの設計図を書いてみたんですが、目を通して置いてください」

「ほほう、できたか。ハブの問題は、
ハブの専門家にお任せする以外にない。
生態学は生物学士、抗毒素関係は薬学士の頭脳を集めて、
悔いのないようにデザインしたらいい」。

山里支所長は体は小柄だが、頭の切れる薬剤師で、
ハブ抗毒素の研究で医学博士の学位を取得したほどの
衛研の逸材の一人。

抗毒素研究のための設備や備品、ハブの生態学研究のための
屋外実験場を含めた全体計画をお任せするのにいささかも懸念がない。

1987年、見事なハブ研究施設が大里村の丘の上(高嶺原)に竣工した。

中でも圧巻なのは、高さ2.5メートルのコンクリートの塀に囲まれた
総面積1878平方メートルのハブの野外実験場だ。

青天井の広大な草原は、ハブが自然に交尾し、産卵し、
抱卵し、徘徊・捕食し、成長し、
冬籠りするのに適した空間がデザインできるようになっている。

この空間の活用を任された生態学班の一人新崎君が、
チョウケイ所長の部屋にやってきた。

「所長。犬の嗅覚は人間の何倍くらい鋭敏か、知ってますか」
「そうさな、その犬が蓄膿症でない限り、5~6倍は敏感だろう」
「とんでもない、なんと一千倍以上だそうですよ。それに犬の蓄膿症なんて聞いたことがない」

「うん。麻薬取締り犬などは、ビニール袋に密封されてトランクに隠された
ヤクの粉もいとも簡単に嗅ぎ付けるそうだな」。
「そこで、所長!」
「うん、なんだ」
「犬の嗅覚を使って、
隠れているハブを探し出す方法を研究してみたいんです」

「なるほど、それはいい着想だな。で、どうやって訓練する」
「麻薬犬訓練所が、羽田空港の近くにあるそうです。そこで、まず、
麻薬犬訓練のイロハを勉強してきたいんです。所長も一緒にどうすか」
「なに、おれもか」
「旅費も二人分あるそうです」。

羽田空港近くに検疫所の施設としての麻薬取り締まり犬の訓練所がある。鼻の優れた犬たち数十匹が飼われている。
ほとんどがシェパードだが、ラブラドールとかビーグルなど
小型の犬もいろいろ訓練されている。

「まず、一番大事なことはなんですか」という新崎研究員の質問に、
「犬と仲良くなることです」と、訓練主任は答えた。

「仲良くなったら、次はどうするんですか」というチョウケイの質問に、
「布と遊んであげるんです」。

「布?」
「そう、なにかいいことをしたら、雑巾のような布を丸めた棒をくわえさせて、じゃれながらほめてやるんです。布の棒と遊ぶことをとても喜び、ご褒美として感じるんです」

「遊んでばかりいては研究にならんのですが」
「いや、訓練にはちゃんと手順があるんです」

「この棒を遠くに投げて、拾ってこさせる」
「何百回と繰り返して、棒と人と犬の関係が確立されたら、
最後にハブの匂いを布の棒に付けて覚えさせます」

「そして、草むらの中、箱の中に隠して探させます」
「最終的には、ハブそのものを隠して、その匂いで探させます」。

「なるほど、これで出来上がりですね」
「いえ、まだこれからです」
「というと?」
「隠し場所のところで、立ち止まり、咆えるなどして、
こちらに合図してくれなければなりません」

「なるほど、これで完成なんですね」
「いえ、まだです」
「まだ、あるんですか」
「そう、相手が毒蛇ハブですから咬まれないために一定の距離離れて止まることを教えなければなりません」。

「おい、新崎、これだけの手順、ハブ支所で君やれるか」、
帰る道すがらチョウケイ所長が聞くと、
「やらんといかんでしょう」と、
混声合唱団で鍛えたバリトンできっぱり言うのだった。

3年後、ハブ探索犬が立派に出来上がった。
クンクン鼻をうごめかしてハブの隠れているところに到達するようになった。

だが、ハブ対策には、余り役に立たなかった。
草むらや石垣の前で吠えることは吠えるが、
大きい石垣のどこにハブが潜んでいるかまでは教えてくれないし、
草むらの前で吠えても、肝心のハブはたっぷり自分の体臭を残したまま
そーっと逃げてしまう。

研究というのはいつも成果を生むとは限らない。
失敗そのものが新しい知見を与えてくれる。


☆ハブ探索犬の写真、探索中!



        
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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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