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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §50.  
タリュウム中毒事件


チョウケイ所長の内線電話がまたけたたましくなった。

衛研所長を拝命してから6年目。
もう大抵の事変には驚かないほど、くそ度胸が据わってきていた。
電話は県立中部病院からである。

5つの県立病院の中でも施設と陣容を誇る研修病院で、
あらゆる医療事例に対する即応能力には定評がある。

「もしもし、小児科の知花です。入院患者のことで、
お耳に入れたいと思って」。
知花小児科部長の話によると、数日前、入院してきた子供を
診療していたところ、同じ症状の子供がもう一人来院したという。
しかも、住所が同じ宜野湾市、隣同士で、症状は軽い脳炎症状と脱毛。

ただの臨床事例ではないと感じたので通報したという
知花医師の一言に、チョウケイは緊張した。
これは、“流行”である。狭い意味の流行病というのではなく、
ある広がりを予想させるような複数の健康事象の同時発生である。

必ずしも伝播していく感染症とは限らない。
一箇所の原因から同時に多発する場合もある。
複数の事例を“流行”と捉えて拡散を防ぐのが“疫学“である。

チョウケイは中部病院に飛んだ。
患児がたった二人でも、その背後に氷山のように
多数の被害者が潜んでいる場合があるのだ。

小児科病棟のベットの近くでヨロヨロと遊んでいる患児の頭は
二人とも毛髪が薄く、まるで熱病患者の回復期の様だ。
三歳と四歳、男児と女児である。

県庁・衛研・コザ保健所からなる合同の疫学調査が直ぐスタートした。
保健婦チームによる徹底的な戸別訪問調査の結果、
6名の小児が1ヶ月前から同じ症状でフラフラしていることが判った。

子供たちの血液と尿と残り少ない毛髪が集められた。
これらの物質(検体)からなにを抽出するのかが問題だが、
この点では、すでに知花医師の推察によって、
脱毛を来たす物質としてタリウムが絞り込まれていた。

一方、環境調査班は、宜野湾市G地区の現場を中心に
有害・有毒物質、規制外品など、疑わしい物を徹底的に調べた。

当時、宜野湾市内のあちらこちらには、
得体の知れない米軍払い下げ物資が散乱し、積み上げられ、
調査は混迷した。

よくもまあ米軍は軍需物資をタラタラと払い下げるもんだ。
よくもまあわが同朋はかくも奇怪な中古品を不用意に受け取って
放置するもんだと、あきれ返ったもんである。

“基地内の人と物を管理する規範と
基地外の民生を保護する法規がチグハグ”で、
その隙間に様々な事故が発生する。
調査班は、当然のように軍需物資を重視した。



知花医師の助言を受けてタリウムに的を絞った化学分析班は、
ある重要な情報を掴んでいた。タリウムを主剤とする殺鼠剤である。

「地域内の農協売店で自由に販売されている
ビン入り殺鼠剤をある主婦が買った。
主婦は、指導員の教えを守り、青い殺鼠剤をたっぷりとパンに塗り、
新聞紙に包み、自宅裏の小さい鶏小屋の上に置いた。

ネズミは、大っぴらに置かれた餌よりは、
包み込まれた餌を安心して食べる妙な習性があるという。
4~6歳の遊び友達6名が、密やかに包み込まれて、
しかも美味しそうに“青色のジャム”も塗られたパンを発見して、
タリウムを口にした」という経緯である。

患児6名の尿からタリウムがはっきりと検出され、
結局タリウムによる中毒事件として処理されたが、
商品が生産・流通・消費される経路で、
それを扱い使用する側の人間に相応の民度が備わっていないと、
とんでもないことが起こるという反省が目立つ事件であった。

この中毒事件で一児を失った側からの提訴で裁判が開かれ、
チョウケイ所長も証人として法廷に立つことになった。

産まれて初めて判事の前に立った時、少々びびったが、
弁護人が「原因物質をタリュウムとしたのは、疫学的な判断によるということだが、疫学では断定はできないのでしょう」と、
疫学軽視のような質問を繰り返すものだから、多少むっとして反論した。

「疫学調査で原因物質を特定することも大いにあり得るが、
事実を積み上げて、この方向に原因があると、
蓋然性を指し示すだけでも意義がある。」

「今回の場合、殺鼠剤入りのパンを子供たちが口にする現場を
誰も目撃してないが、原因を示唆する証拠資料は十分揃った。
後は、法廷の判断に委ねるだけである」と、説明して納得してもらった。

現在、農協売店では、農薬、殺虫剤など有毒な化学薬品は、
一般の商品とは分けて保管されてあり、
住所氏名に捺印または署名して購入するようになっていて、
事故が起こるようなことはない。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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