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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §47.  
塩漬け琉球列島


青い海、青い空、きれいな空気、木々の濃い緑。

大昔から享受してきた私たち琉球列島の天与の恵みである。
ところが、日本復帰を境に、いろいろな産業活動が活発化し、
基地公害に加えて大気汚染の問題が深刻化してきた。

四日市喘息や大都市の光化学スモッグほどの規模ではないが、
これから後、沖縄の大気が次第に汚染されていく傾向を
辿ることは間違いないだろう。

県では、せめて汚れないうちに、
空気の事前状況を把握するために「降下煤塵の定点観測」を計画し、
実施に踏み切った。県内40箇所に測定器具を置いて、
空中から落ちてくる煤塵を詳細にカウントするのである。

この一切の作業を黙々と衛研が行う。
大気室の大宜見君はこの作業に没頭した。

村役場、学校校舎、民家の屋上の集塵器からサンプルを集めて来てから
研究室で煤塵を分析する労作は大変なものである。
所長がゆっくりお茶を飲んでいる間も、
他の職員が休養室でトランプに興じ、囲碁を打っている休憩時間も、
煤塵の分析は時として夕飯抜きの超勤で続けられた。

そして、煤塵総量から海塩降下量を差し引いた
“真の煤塵成分”を的確に把握する補正法を完成するに至った。

こうして、県内の降下煤塵の測定ネットワークの樹立と
その解析手法が確定された。

これだけでも大宜見君の貢献は天晴れであったが、
彼は補正のために除かれた海塩成分から、
さらに一歩進めて、琉球列島に降り注ぐ海塩について
考察を試みたのである。

ある日、そろそろ帰り支度をしようと、
チョウケイ所長が腰を浮かしかけたとき、
階下の総務課で、なにか騒々しい口論が聞こえる。

階段を突き抜けて所長室まで聞こえるほどの騒ぎである。
足早に降りていくと、渡久地課長が鼻息荒く怒鳴っている。
謹厳実直でとても有能な課長だが、
普段でも高血圧気味でピクウィック症候群のお身体で、
コメカミの血管が怒張している。

これは、ヤバイ。
「なにぃ! 君に超勤を命じられる立場じゃない、言葉に気をつけろ」、
「じゃあ、今日採集してきた検体は、誰が処理するんですか」
「そんなこと、採集に行く前に自分で考えろ」
「そんな・・・!!」。

立腹の余り、こちらも顔を真っ赤にして事務所に
突っ立っている大宜見君の肩に手を回して、
「大宜見君、事情はわかった、これは衛研全体の問題だ、
今日は僕に任せておいてくれ」 。

歯軋りして引っ込む大宜見君を背に、
「課長も課長だ、なにも第一線の若い研究員にいきなり超勤手当ての
不満をぶちまけることもないでしょう、各室には室長がいるんだから、
それぞれに日頃から相談して、スムーズに仕事ができるように
按配して頂戴よ」。

役所には、超勤手当てという予備金があって、
年度末に余らせると次年度の分は削減され、
無闇に使い過ぎると年度半ばに仕事がストップすることになる。

この“予算消化”の加減が総務課長の腕にかかっている。
超勤手当てを狙って勤務時間中はノロノロして、
夕方からスパートして超勤態勢に入るずるい職員もおれば、
大宜見君みたいに生真面目に大汗かいて遅くまで奮闘する職員も、
もちろん少なくない。

室長会議で超勤問題は一件落着。

ところで、海辺に行くと、
なんとなく心が癒される海の香りが感じられる。
“千里寄せ来る海の気を吸って童となった”われわれ 日本人には、
母親の懐の香りにも似て、無条件に懐かしい。

それは魚介類や海草の発する有機物の香りが主であるが、
これとは別に潮の飛沫から来る無機物的な刺激も吸い込んでいる。

この香りと無機物成分全部を把握することは大変だが、
大宜見君は、海塩(塩化ナトリュウム)を指標にして、
地理的濃度分布を調べてみた。
そして、非常に興味ある実態が判明した。

「琉球列島では、<海岸線>ではなく、
多くの場合は<沖のリーフ>からの距離の二乗に反比例して
海塩濃度が低減すること。
逆にいうと、リーフに近いほど塩を被るという、
当たり前の実態が数字的に判ったのである」。

「だが、台風時には、この数式は当てはまらず、
一回の台風で一年分の塩を全陸域が平等に被ること。
これも、沖縄ではおよそ想像がつくが、
農林業・工業の方面への大きな指針を、
改めてはっきりと示したことになる」。

因みに、各県にある地方衛生研究所は、
ときに国立研究所レベルの高度な研究をしている研究所もあり、
ただひたすら行政のための検査業務に追われ
“痴呆衛生研究所”と呼ばれる例もあるが、
降下煤塵の通常検査の傍ら、意欲的に考察を続けると、
大宜見君(大気室のチームワーク)のように、
郷土の産業、民生に直結するような業績を
上げることができることを示してくれた。

大気室の「降下海塩量」の論文は、その後、
塗料会社と自動車会社などが直ぐ注目して、錆の対策に活用された。

現在も大気汚染班により、コツコツと対策研究は続けられている。



沖縄の車はしっかり手入れしないと、塩害で大変…南の島は雪のかわりに、塩が降る!



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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