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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §46.  
古戦場ガダルカナルで


いま、チョウケイは南太平洋のソロモン群島の一つ
ガダルカナル島の浜辺に立っている。

夕凪の海面はもう鉛のように静かだが、
琥珀色に輝く西の空の残照で辺りはすべてセピヤ色に染まり、
ゆったりとした空気に満ちていて、極めて幻想的である。

遠くに見える数十本のヤシだけが、シルエットをなして微動だにしない。
この浜辺、実はおよそ半世紀前に、
日本とアメリカの若者たちが、血で血を洗う激闘を繰り広げたところで、
太平洋戦争史の中でも名高い激戦の地の一つである。

1942(昭和17)年、南太平洋を西進する米軍と、
ここを先途と構える日本軍とが死力を尽くして
半年間も攻防を繰る返したのは、
まさにこの地、この浜であった。

 
ガダルカナルの戦い

戦いが長引けば、ほとんど百パーセント“召集”される運命にあった
チョウケイたち昭和一桁の世代にとって、「ガダルカナル」の地名は、
その後に続く「一木隊の玉砕」「軍神大桝大尉の奮戦」
「ラバウル航空隊の空中戦」「山本司令官の戦死」などの軍事ニュースと
絡んで、いまでも脳裏に鮮明である。

そのいま、チョウケイの足の裏に快く触れる白い砂。
僅かに半世紀前には、日米の青年たちの血糊で真っ赤に染まり、
渚の奥まで夥しい数の屍が続いていたという。

一体なんの国益があって、この南溟の果てまで若者たちを送り出し、
1万7千の生命と引き換えに、国は一体なにを得たのであろうか。

ホテルに戻ると、そこには、浜辺の憂愁とは縁もない
風情の日本海外協力青年隊の男女が数人、
沖縄グループとの会議のために待っていた。

保健師、薬剤師、農林水産技師、教師ら、
日に焼けた普通の顔をした日本の青年たちが、
Tシャツに半ズボン、素足にサンダルで談笑する。

彼らはマラリアと結核の蔓延するソロモンの各地に分散配置され、
無論、武器なしの丸腰のままジャングルに入り、
集落の現地人と起居を共にして、
これまでに蓄積しためいめいの技術と人類愛を投入しようと
懸命になっている素晴らしい日本の青年たちだ。

異国の青年たちを敵にまわして戦った半世紀前の青年たちが、
いま、貧困・無知・疾病という人類共通の敵との戦いに挺身する
祖国の若者たちを目にしたら、なんと思うことだろう。

南十字星も瞑想にふけるかのように、軽く東に傾いている。
因みに、国土面積およそ3万平方キロ、人口およそ30万人。
メラネシア系の住民はキリスト教の普及以前には
確かに人肉を食う慣わしがあったといわれ、
男女共極めて獰猛な顔つきであるが、
頗るつきの温順な人たちで、治安が滅茶苦茶によろしい。

結核対策専門家として現地入りしている看護師も、
サンダル履きで山奥の集落に入っても
いささかも暴行、略奪、神隠しなどに遭う恐れはないと、
ウィンクして保障する。

この島は、400年前にスペイン人メンダナによって発見され、
イスラエルの名王ソロモンに因んで命名され、
カトリックの布教が始まる以前から戒律のとても厳しい
原始宗教が支配していて、(人肉を食する古い時代の習慣とは別に)、
婦女に対する失敬な振る舞いは一切ご法度なのである。

嘘も盗みも戒められ、女性に触ったら指一本、
ナニをして責任をとらなかったら生首一本と、
まるで“木曾のご領林”なみである。


* 青年海外協力隊とは国際協力事業団(JICA)が実施する
政府事業で、国民には余り知られてないが、1965年の発足以 来、
すでに延べ16,000名を越す青年が、アジア、アフリカ 、中近東、中南米、
大洋州など62カ国へ派遣されている。
現地 の人々とともに生活し、ともに働きつつ、
途上国が国づくりに必 要としている人材の育成に協力している。

* 農林水産、軽工業、機械の保守管理、土木建築、保健衛 生、教育文化、
スポーツなど日本の若者たちが身に着けている技 術・知識を派遣国の村落で、
教室で、作業現場で、あるいは行政 本庁や研究所で提供し、技術移転を行っている。  

* 最近では、日本語教育、図書館司書、理数科教師、村落 開発普及員など
教育文化系の分野も増えているという。

* 同じく海外派遣される自衛隊の若者に比べて、
こちらの 若者たちの方がはるかに歓迎されていることは間違いない。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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