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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §44.  
ソロモンの星の下で


南太平洋にソロモン諸島がある。
1900年にイギリスが保護領にした六つの大きな島を含む
およそ100余りの島々で、日本の四国ほどの面積。

その中に、太平洋戦で有名な日米間の激戦地ガダルカナルがある。
1978年には英連邦の一員として独立。首都はホニアラ。
人口は30万人余。

このソロモン諸島共和国に、
なぜか日本政府は積極的に肩入れをして
多方面の援助をしている。

1979年以来、青年海外協力隊が派遣され、
保健・医療・農林水産・教育などの分野で
日本の若者たち(20歳~39歳)が常時40人ほど派遣され、
町や村に散って大活躍。

連合艦隊のように南北に縦に並んだ島国なんだが、立派な独立国だ。
国際会議では国連加盟国として大事な一票を行使することができる。

日本としては、丁寧にお付き合い願って、
いざというときは一票を投じて頂かなければならない。

そのため、日頃から国際交流に励み、
援助も相応にやらなければならない。
その他、この辺りの海域は遠洋漁業の本場で、
日本の漁業会社が労働力や物資の補給を頼っているところでもある。

そして特筆すべきことに、追い込み漁と一本釣り漁の特技を併せ持つ
沖縄県・宮古・伊良部の有能な漁民が、
日本の遠洋漁業会社に一目置かれていて、大活躍である。

中小の漁船で船団を組んで沖縄から出かけた漁民は
現地に留まって漁労に従事し、
漁業会社の大型母船に次々と魚を届け続けて、数ヵ月後沖縄に帰る。

その時に、ソロモンのマラリアを沖縄に持ち帰っては大変である。
このような諸々の事情で、あだやおろそかに交際できない友好国である。

「先生、ソロモンに行きませんか」と、
本庁保健予防課の比謝課長からいきなりの電話である。

「ちょっと待って下さいよ。
ソロモンといえば、ペニスケースをはめた、あの人食い人種のいる
パプアニューギニアの近くにある島でしょう?」
「そう、ソロモン諸島共和国。でも、人を食う人間は、
もう地球上にはいないはずですよ。政治家は別として。」




「うん。で、その共和国に、なんで私が?」
「数年前から、JICAの計画で、
マラリア対策事業が進められているんです。
本土の各大学から専門家が派遣されていて、
着々と成果を挙げているんですが、
公衆衛生学的な立場からその総合評価をして欲しいと
、JICAから要請があったんです」

「で、私一人で総合評価るんですか?」
「いえ、保健所の砂川所長と県立病院内科の宮里先生と
私と先生と計4名のチームでいくんです」
「ああー、いく 、いく、いくーっ!」。

もともと稚気稚気蛮蛮のガラッパチ根性に満ちたチョウケイ所長である。
東南アジアやインドや南米のジャングルから帰ってきて、
いまは文明国日本の沖縄本島でぬくぬくと公務員生活を送っているが、
この頃、血湧き肉踊るような事件にも恵まれず、
ひねもすのたりと平穏無事な日々で、無聊を託っている。

二つ返事で応諾し、調査斑に加わって、旅立った。
オーストラリ アのケアンで乗り継いで、
ホニアラの空港に降り立ったのは、南半球の秋5月であった。

ソロモン諸島共和国には、
すでに国立予防衛生研究所、富山医薬大、岡山大、長崎大から派遣された日本の誇る熱帯医学の碩学が
ソロモンマラリアセンターとの共同事業を始めていた。

その学者による調査研究の結果を評価し考査することの他に、
治療医学偏重の現況を見直して、
コミュニティーレベルでの住民参加を中心とした
地域保健活動を強化するための企画案を作るというのだから任務は重い。

でも、住民参加による地域保健活動といえば、
ウチナーンチュにとっては“昔とった杵柄”。

沖縄では、戦後、県民総ぐるみでマラリアを撲滅し、
続いてフィラリアを防圧し、腸内寄生虫病と
ハンセン病・結核を克服したすばらしい業績がある。

学者が蓄積した防圧の理論を衛研・保健所・市町村ネットワークで
地域に適用し、短期間(10年~20年)の内に
数百年来の業病を一掃したのだ。

世界の亜熱帯地方で、わずか2~30年そこそこで、
名だたる風土病と主なる伝染病を制圧し得た国はない。

その世界に誇るべき業績の支えとなって活躍したのが
沖縄の保健所ネットワークであり、その中核となって推進したのが、
他ならぬ琉球衛生研究所であってみれば、
立候補してでも“いかざあなるめえ”。

それで、JICAが沖縄に求めたのは、
マラリア学の学術的な究明ではなく、島々の隅々まで目を通して、
なにが手かせ足かせとなってマラリア撲滅が進まないのか、
撲滅のための骨組みはどうあるべきか
虚心坦懐に評価して欲しいということである。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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