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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §43.  
全校生徒眼が痛い!?


チョウケイが衛研所長になってからおよそ4年がたった。

琉球衛生研究所から名前も公害衛生研究所となり、
伝染病、寄生虫病、食中毒など医学の知識で処理できた
分野から拡大して、物理学的化学的、生物学的な環境要素にまつわる
複雑な問題が頻発するようになっていた。

ロンドン大学で公衆衛生学修士号を得て、
一丁前の公衆衛生専門医になったつもりでも
チョウケイの能力外の課題が次から次へと発生して
チョウケイに解決を迫る。

「所長、宮古保健所から電話です。眼の伝染病のようです」
「ナヌ!宮古で。眼の。伝染病!?」。
取り上げた受話器の向こうで、真剣な砂山保健所長の声がした。

「伊良部小学校職員、児童220名全員が
次から次へと眼の痛みを訴えて、大騒ぎです」。

これまでも、現地での聞き取り調査では、
同じ症状が延々数百名も断続的に現れていたという。
これは一大事。

新里疫学室長(獣医師)共々、腕を組んで対処法を考えているところへ
化学室の森山研究員が、騒ぎを聞いたといってひょいと顔を覗かせた。

彼、薬剤師だが、明晰な頭脳の持ち主で、
訳の分からない突発事例の場合、
しばしば重要なヒントを提供してくれる研究所の逸材である。

今回の眼の騒動は、どうもしかし、伝染病にしては進展が急過ぎるし、
同時多発的で、人数も多すぎる。肝心な潜伏期も曖昧である。

「森山名探偵。ここは一つあなたにお出まし願おうかな」
「行ってみたいですねぇ、ワクワクしますねぇ」
「新築の体育館で式典があって、参列した者も一斉に発病したようだから、壁の新建材からのフォルムアルデヒドとか、化学製品からの刺激とか?」
「所長、そこまで言わないで下さい。楽しみがなくなります。
もっと広い視野で追究してきます」。

疫学調査というものは、病気など健康現象が多数発生した場合
「誰が」「いつ」「どこで」「なにをして」「どうなった」「なぜか」、
そして「ではどうする?」という謎解きをする調査である。

「伊良部小学校体育館」
「職員・生徒およそ数百名」
「11月の数日間」
「眼の充血と痛み」。
これだけは判っていて、残りは「何故そうなったか」だけである。

原因が判れば対策はすぐ採れるはず。
主張先の森山君から電話が入った。

「所長、紫外線でした」
「紫外線!?」
「体育館天井の照明のカバーが破損していて、
強力な有害紫外線が館内の全員の眼を焼いたんです」。

なるほど、と、チョウケイはすぐ納得し、
学生時代に鉄工所でアルバイトしたとき、
溶接性眼炎を体験したことを思い出した。

光線よけのゴーグルを顔にかぶせ、
見よう見まねで溶接作業をさせてもらったが、
その日は帰るまで異常は感じなくても、夜になって苦痛が押し寄せた。

眼を開けても閉じても眼の奥が痛い。
涙と痛みで一晩中呻いたことを思い出したのである。

体育館の床や壁板などを全て点検して後、
ふと見上げた水銀灯の幾つかが、
殊のほか強烈に輝いているのを見た森山君は、
紫外線と眼の関係を広い学識の中から拾い出して
「これだ!」と判断したのだった。

バレーボールの球で破損した水銀灯の交換後、
眼炎症状がぴたりと止まった。

この事例は、森山君によって、九州山口の学会で報告されたところ、
反響を呼び、日本電球工業会から業界へ、業界からは各学校へ
「水銀灯の適正使用法」についての注意事項が広報されていった。


* 人間が目で感じることのできる可視光線は、プリズムで
分ければ虹の色(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)となる。七色の
はるか外側に宇宙線など有害な光線があるが、赤色のすぐ外側に
あって目では見えないが波長が長く暖かい赤外線と、波長の短い
紫色の外側にある紫外線は、人体との関わりが深く、取り扱いに
は慎重を要する。赤外線は温熱効果に優れ、紫外線は植物の炭酸
同化作用や人体の皮膚・粘膜に対する作用など生理作用が強い。
因みに、赤道に近い地域ほど紫外線が強いのは言うまでも無いが
、南北に長い日本列島でもやはり沖縄は紫外線の強さは本土の比
ではない。ただ光線が強いだけでなく、皮膚ガンの発生率も北よ
り南の方が高いというから、紫外線との付き合い方は要注意であ る。



次のセクション「§44.ソロモンの星の下で」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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