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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


1954年(昭和29年)頃の国際劇場。この名前から、国際通りと呼ばれるようになった。
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946~1993

波の上宮。1954年頃。

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §40.  
シガテラによる食中毒


石川保健所から電話が入った。
沖縄本島中部を管轄する保健所で ある。

同じく中部地区にあるコザ保健所のような米軍がらみの
事件は比較的に少ない都市農村型(UR型)の保健所だが、
それでも 農漁村特有のいろいろな事件が頻発する忙しい保健所である。

以前(1968年)、具志川市昆布の海岸で
海水浴中の小学生と 教師242人に糜爛性の皮膚炎が発生、
琉球大学の海洋生物学( 珊瑚学)者・山岡教授を中心とする
調査団の活躍により、
藍藻類のリングビアという生物が原因だということが判明した。

一時は、 米軍基地(昆布の軍港で、県内の毒ガスがここからグアムに搬出
された)が近くにあるということで、
糜爛性毒ガスのせいかも知れないと、騒然となり、
衛研の化学研究員も参加して原因究明に 当たったものである。

「食中毒のようですが、どうも微生物によるものではなくて、
化 学物質が考えられます」。

比謝所長の声は落ち着いている。
若い頃、ハワイ大学で公衆衛生学のマスターコースを終えた
公務員医師のホープである。

公衆衛生学の中核である疫学はお手の物であるから、
複数で発生する健康現象を疫学的に(理論的に)観察して
原因を解明するのは朝飯前のはずだが、
保健所の施設や備品で原因物質まで究明するのは 、無理である。

「ほう、それで、症状はどんなですか」。
食中毒の疫学は、まず症状の吟味(What)から始まる。
「吐いたり下したり、ですが、 原因物質が決められません。
全員が食べた食品は、一応抑えて、 冷蔵庫に保存してありますが」。

次に対象の患者(Who)を吟味 する。
「患者さんは何名ですか」
「11所帯のおよそ50名が、 昨日(When)、ある会合(Where)で
サシミやアラの吸い物を食べたら間もなくして、
そのうち25名が当たったのです」。

チョウケイ先生、ここで少したじろいだ。
4~5人ならよく起こる食中毒の規模だが、
20人~30人となると、事である。

「当 たった人に共通するなにか他の症状はないのですか」
「そういえば、体がだるく、手足の節々が痛いという人が多く、
皮膚がチリ チリ、ヒリヒリするような異常な感じがするようです。
いわゆる ドライアイスセンセイションでしょうか」。

さすが比謝先生。こ の最後の一言で、
チョウケイの推理の幅がかなり狭まった。
ドライアイスセンセイション!

チョウケイは、食べてから“間もなく”してという
比謝所長の一言で細菌性食中毒を一応除外しておいて、
なにか化学的なものを想定し、化学室の兼城主任研究員を呼んだ。

地方衛生研究所には、様々な学歴の研究員が働いている。
その中で獣医師と薬剤師は双璧をなして、
それぞれ微生物学的・化学的課題に取り組み、
その他多種多様な分野の専門家が特技を生かして活躍する。

伝染病を媒介する昆虫や毒蛇ハブの問題は生物学士 、
放射能問題は理学士、疫学的課題は保健学士などと、
余人を持 っては処理し得ない特殊分野を担当する。

今回、石川で発生した食中毒は、
化学的な作業がメインになると 判断して、兼城主任を呼んだのである。

兼城主任は、すべてに控えめで
目立ったことは肌に合わないタイプの薬剤師だが、
納得するまで追及する理屈っぽさがあり、
いい意味のいわゆるガージューである。

そういえば、衛研の研究職は、みなガージューである。
科学的な 摂理に基づいて行動する仕事だから、
少しでも誤魔化したり、いい加減に妥協したり、するわけにはいかない。

相手が知事だろうと、所長だろうと、科学的な真実の前では節を曲げない、一騎当千の頼もしい人材が揃っている。

「ねえ兼城君。これだけの情報がきている。
一つお任せするから 、原因物質を調べてくれないか。
サシミや吸い物を口にしたというんだが」。

上目遣いに所長を見 ていた兼城君。
「魚の種類にもよりますがね。フエフキダイでしょう」。
ガージューで慎重居士の彼にしては、きっぱりとした断言である。

「もう、調べてあります。温帯、熱帯の沿岸に広く住んでいる
珊瑚礁の魚で、おいしいですよ」。
「ほう!?」「で、なんで、みんな昔から食べている魚が石川の人たちに当たったの!?」。

「それには、事情があってですね。
住んでる海によっては毒を持つようになるらしいんです。
ハマフエフキ、イソフエフキ、サザナミダイなどおよそ30種類ほどのうち
ごくわずかが毒を貯めるそうです」。
「確証が欲しいんだが・・・」。

 
フエフキダイ


化学班による猫を使った実験で、
原因物質として、シガテラが確定された。
県内では、昔から口伝によって報告されていたが、
再現実証されたのは初めてであった。

その後、沖縄近海に生息するシガテラ毒魚164検体が分析され(1990年)
魚肉中の毒含有率が30%ほどにもなるということが判明した。





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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある





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