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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


昭和32年ころの嘉手納ロータリー、嘉手納沖映屋上からの眺め
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

昭和40年代の街頭テレビ中継、沖縄返還協定のニュースを見る

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §36. 
毒牙の生え変わり


「所長、ハブの入れ歯、見たことありますか」。
川村君が手を拭き拭きチョウケイ所長の部屋にやってきた。

懸命になって毒蛇ハブの飼育を担当している毎日で、
真剣にハブを見つめているせいか、疑問もたくさん湧いてくるらしい。

先日も、ぶらりと飼育室を訪ねたチョウケイ所長を掴まえて
「ハブのチンポコは、普段どこに納まっているか知ってるか」と、訊いて来た。

所長をときどきからかう癖がある。
「それは、きみ、当然下腹部、ヘソの下辺りだろう」。
「ハズレー!ハブにヘソはありませんよーだ」、
「とにかく、あの辺りだろう」。
「尻尾の根元に、手袋を裏返しにしたように押し込まれていて、
いざという時に、ヒョイと出すんです。
しかも、二又になっていて、イボイボつき」。
「ひやー!」。

彼に会うたびに、質問攻めに会い、
ハブの知識がその度に増えていくから、楽しいし、有難い。
この分野のチョウケイの恩師である。

「ハブに入れ歯はないだろう」、
「それがあるらしいんですよ、“自動毒牙入れ替え装置”みたいな仕掛けがあって、毎年数回、毒牙を入れ替えるそうですよ」。

2〜3ヶ月ごとに上顎の先にある毒牙2本を脱落させて、
また新しい毒牙を同じ場所に用意する。
それは文献を読んでうすうす知ってはいた。

抜けた場所に真新しい牙が現れるから、
川村君は“入れ歯”と表現したんだが、
この「毒牙の生え変わり」について、歯科学的に追究しようと、
近頃しきりに川村君の飼育小屋を訪ねる奇特な人が現れた。

ハブの毒牙

那覇市の開業歯科医師伊礼迅先生である。
陰鬱なハブ飼育小屋で、川村君に大小のハブを台の上に載せてもらい、
上顎・下顎の歯列を観察し、スケッチしたり、
毒牙の抜けた跡の窪みを念入りに広げたり、
時には、診療所から持参した簡易レントゲン装置で撮影したりして、
没頭すること2年。

ついに、驚くべき事実を突き止めたのである。
川村君の日頃の観察によると、飼育箱の中には、
数ヶ月毎に脱皮殻が脱ぎ捨てられてあるが、
それとは別のサイクルで毒牙が2本ずつ脱ぎ捨てられてあるという。

伊礼先生は、そのメカニズムを解明した。
「上顎の先端にあるハブの毒牙は、
その根元を包むような柔らかい袋に嵌っている」。
「まるで社長の椅子のようにゆったりとした豪華な台座である」。

「袋の一角は顎の奥にある毒腺から伸びているパイプに繋がっているから、毒液はスポイドのような毒嚢から毒牙の中を通り、スムーズに発射される」。「しかし、毒牙にも寿命があって、一年に1〜2回の割りで抜ける」。
「問題は、その後、同じ形をした新しい毒牙が、
どうやって同じ場所にスッポリと収まるようになるかである」。

伊礼先生の研究の結果、
実は、現役の毒牙(主牙)が使い古されてそろそろ引退という時期には、
すでに副牙という立派な“後継ぎ”がすぐ後方に成長していて、
社長室のような広い袋の中に入り込み、
スタンバイで主役の入れ替わりを待っている状態にある、というのである。

やがて主牙と副牙が“政権交替”を果たしたとき、
すでにまた次の後継ぎが成長して、隣の部屋でスタンバイする。
いうなれば、上顎の歯列は一列に並んでゆっくり成長しながら
主牙(社長)の座を目指して前進していくのである。

ハブ咬傷の傷口をみると、
ときに四つの牙痕を確認することがあるのは、
主牙と副牙を揃って持っているハブに咬まれたわけである。

しかも、この辺が非常に巧妙な仕掛けなんだが、
社長室の中央に、自在に動く仕切りのドアがあって、
社長が脱落したら、部屋の半分が陰圧になり、
仕切りが寄ってピタッと出口のドアが閉められる。

毒液は元社長の座から漏れることなく、
隣の副社長室つまり新社長室に留まるという仕組みである。
これは驚いた。

ハブは切れ目なく必殺の武器を顎に用意することができるわけだ。
牙を抜いたつもりでいても、
次の牙を直ぐ用意しているハブにはくれぐれも注意が肝要。
いまは亡き伊礼迅先生に最敬礼!




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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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