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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


昭和32年ころの嘉手納ロータリー、嘉手納沖映屋上からの眺め
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

昭和40年代の街頭テレビ中継、沖縄返還協定のニュースを見る

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §34. 
怒る中山貞則長官


毎年暮れになると、県庁職員が大挙して東京に出かけ、
政府から出る国庫補助予算がわが方に有利に確定するよう
関連省庁の担当部局を訪ねて必死に懇願する。

沖縄県に限らず、全国の都道府県も同様に陳情団を送り込んで、
あの手この手で予算獲得に奔走する。

永田町にある「都道府県会館」では、
参考資料を手に抱えた地方の職員が右往左往、
血走った目をして出入りしている。歳末の風景である。

沖縄県の場合は、特別措置とやらの配慮で、
他府県とは別枠の高額補助が用意されていて、
格段に多額の補助が見込まれているが、
確定するかどうか確かめなければならないし、決まったら決まったで、
その枠内での各分野の分捕り合戦が展開されるのである。

土木関係の大口から、教育やら厚生・福祉関係のささやかな補助まで、
なにしろこれが決まらなければ、
県の次年度予算が組まれないのだから、必死である。

予算を握る官僚と地方出身代議士が押し合いへし合いし、
“補助漬け沖縄”の強かながらも哀しい風景が
歳末の永田町で見られるのだ。

衛研のチョウケイ所長も、しばしばハブ関係予算の参考人として
東京出張を命じられる。
沖縄のハブに関しては、まず抗毒素の関係で、
県庁薬務課が当初から主管となっていて、
その後に生態系の研究が加わっても、
引き続き薬務課が生態系の予算獲得にも尽力してくれた。

その日も、チョウケイ所長は、
新任早々の大里薬務課長のお供を命じられて、
都道府県会館をウロチョロしていた。
生態学研究の話になったら、現場の所長を前に押し出して、
説明に当たらせようという寸法である。

「厚生省薬務局の担当課に挨拶に行きましょう」と、
課長が言うので付いていったら、丁度、“担当課”は年末の打ち上げ式で、酒盛りの真っ最中であった。

キャビネットやロッカーや書類の山に囲まれた厚生省薬務局の部屋は、
タバコの煙と酒の匂いが充満して、
予算を組み終えた役人たちの寛いだ雰囲気と熱気が充満して、
イナカッペの課長とチョウケイ所長を大いに萎縮させるのだった。

そもそも、チョウケイは、こんな非健康的で、
伏魔殿のような場所が大嫌いである。
それに、なんで国の予算を編成するたびに、へいこらへいこらして
厚生省の役人にオベンチャラをしなければならないのだ。

チョウケイの頭の中には、いつも“反大和”“反中央”の
琉球男児の反骨精神が渦巻いている。
でも、“すまじきものは宮使い”、
むしゃくしゃするけどへいこらするのも仕様がない。

課長の両手には、
ジョニー黒の高級ウィスキーとカミュのブランデーがあった。
これらの貢物は本省の担当役人を訪ねる場合の常識となっていて、
当時は、泡盛を差し出すと失礼に当たると、県庁でも言われていた。

紫の風呂敷に包んだ洋酒の逸品を差し出して
「沖縄から来ました、万事よろしくお願いします」と、
ハブ予算の無事通過を暗に頼みながら三拝九拝すると、
酔っ払った職員が受け取って、
「おお、沖縄さんか、よし、判った、心配するな」と、
よろけながら受け取り、くるりと背を向けて、歓談を続けるのだった。

これで今年の要請団の使命も打ち上げだと、
ホットしながら“担当課”の標識を振り返って見た大里課長が、
「しまった!」と叫んだ。
なんとハブとは全く関係のない隣の課に入り込んでしまったようである。

「訳を話して、私が取り戻して来ましょうか」と
チョウケイ所長が宥めるようにいうと、
「いや、いいでしょう。どうせ自分のポケットマネーですから」と、
柔道三段の課長は実に鷹揚である。課長の管理職手当てが
2ヶ月分くらいこれで吹っ飛ぶことになるんだが・・・。

都道府県会館の県事務所に帰って、ホットする間もなく、
今度は県議会の伊集盛朗議長に呼び出された。
国庫補助獲得に県会議長も大活躍である。 

伊集議長は、色浅黒く小柄なお体だが、空手の達者な武人で、
鼻っ柱もかなり強い。
「これから、山中長官に会うんだが、付いてきて欲しい」とおっしゃる。


沖縄のために大いに尽力された故・山中貞則沖縄開発庁長官

「私は、衛研の所長で、ハブ予算折衝の参考人として薬務課長のお供をしている身です。とても山中長官のところへは・・・」と遠慮すると、
「いいから、ただ私の傍にいてくれればいい」と、否応がない。

広い応接間の奥に沖縄開発庁長官の部屋があって、これもかなり広い。
伊集議長は、ズカズカと長官の部屋に入り、
長官にチョウケイ所長を紹介もしないまま、ソファーに腰掛けて、
しばらく長官と話しておられたが、
「今日は、沖縄のハブ対策について、長官にご報告を申し上げたい」と、
一言断ってから、チョウケイ所長に向き直って、
「なんでもいいから説明しなさい」と、唐突にいわれた。

「なんでもいいといわれても・・・」と、口ごもっていると、
「どうだね、わしが附けてやったハブ研究費は、足りてるかね」と
長官から切り出された。

ハブの生態学的研究の費用を新しく申請しようとして
上京しているチョウケイ所長にとっては、
今のところ研究費はゼロだと言わざるを得ない。

「咬まれた人間を治療するハブ抗毒素の研究費は、
お蔭様でほぼ足りていますが、咬まれないための生態学的研究の費用が全くありません。それを要請するために上京しています」と、
説明申し上げると、長官はいきなり「なに、研究費がない!」と、
背を伸ばし、傍らの受話器を取り上げ、「開発庁!」と言いつけた。

「沖縄のハブ予算がないというが、おれが附けたのはどうなっている。
すぐ全部つけなさい」と、重々しく命令するのだった。

山中貞則沖縄開発庁長官、当時51才、
薩摩隼人の典型のような背の高い偉丈夫で、
戦前台北第二師範学校で屋良朝苗琉球政府主席の教え子であったことから、政治家になってからも終始一貫“沖縄びいき”の活動を展開し、
その絶大な影響力をしばしば沖縄のために行使した。

長官の一言で、永田町に激震が走り、
開発庁主計局長からハブ担当の振興第四課に厳命が降りて、
それが沖縄県東京事務所に「満額通過」の朗報として伝わった。

“飛ぶ鳥落とす”主計局の鈴木局長を落としたのは、一体何者だと、
沖縄県庁で話題になり、チョウケイ所長の越権行為だということになったが、伊集県会議長の隠れたご功績を胸に、チョウケイは黙秘し続けた。


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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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