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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


昭和32年ころの嘉手納ロータリー、嘉手納沖映屋上からの眺め
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

昭和40年代の街頭テレビ中継、沖縄返還協定のニュースを見る

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §33. 
轟く基地公害


チョウケイが所長室を出て、帰宅する前に総務課へ寄ると、
「所長、電話です、講演依頼のようですよ」と、
課長がウィンクして、受話器を握らせた。

米軍普天間基地近くの公民館で、
エイズの話をしてくれという区長からの直々の電話であった。

エイズなんて、つい最近勉強したばかりで、
庶民向けに判り易い話ができるかどうかまだ自信はないし、
第一、住民相手の衛生講話は、
衛研の主務の中に含まれていたかどうか。

どの県にも衛生研究所が設置されていて、
*調査・研究、*試験・検査、*研修・訓練という
三つの主務が決められていて、これだけでも忙しいのに、
住民対象の衛生講話まで負わされては大変である。

「それは、保健所の仕事だろ。最初からそういって、
管轄のコザ保健所に回せばよかったのに・・・」と、すねると、
「所長、研究所の職務分掌に
“その他公衆衛生の向上に関すること”とありますよ、
それに、どうしてもチョウケイ先生にやってもらいたいという“ご指名”です」
と、諭されてしまった。

県庁の職員の中には、研究職や技術陣にも引けをとらないほど
包括的な公衆衛生の情報を身に付けた有能なベテラン事務職員が
少なからずいて、不慣れな技術職員を肝心なときに支えてくれる。
潤滑油のような有難い存在が、特に沖縄には多い。

公民館は、基地の金網に接する集落の中にあった。
講演開始7時の約束が、悠々と8時過ぎに始まった。
沖縄でのこの悠長な“沖縄タイム”に一々腹を立ててはいけない。

定刻というのは、“受付開始”の時刻と弁えておくこと。
ほどほど集まったら、それから物事が始まる。庶民はみな忙しいのだ。
集まってくれるだけでも有難いと思わなければならない。

「エイズというのは、後天性免疫不全症候群。
アフリカから始まったといわれている新しい伝染病で、
ヴィルスが入ると、体の中の防衛力が落ちて、
まるで、かつての沖縄戦のように、体がメチャメチャになります、
生まれつきの、つまり先天性の体質ではなくて、
産まれて後、ヴィルスが入ってからの状態なので、“後天性”。

そして、体の抵抗力がメチャメチャになるので、“免疫不全”。
発病したら、皮膚や肺臓など全身にいろいろな症状が出るので、
“症候群”というわけです」。

「沖縄戦で、米軍が最初に上陸したのは、
ちょうどこの公民館の西側の浜辺ですよね。
上陸した米軍をエイズヴィルスに例えるとすれば、
ヴィルスはどんどん北と南に攻め進んで、防衛軍(日本軍)を蹴散らして、
僅か3ヶ月足らずのうちに沖縄本島を制圧したように、
エイズも全身を破壊するのです」。

チョウケイの話は例え話がうまくて庶民には評判がいいといわれている。
だが、例え話が多すぎると本題が何の話だったか、
迷路に入ってしまうことがよくある。

今回もチョウケイが脱線して、話の本筋に戻れなくなって、
「何の話だったかな?」と、助けを求めると、「エイズ!!」と、
誰かが叫んで示唆してくれた。

調子を取り戻して、エイズの伝播の方法、
つまり男女のセックスの話に移ろうというとき、
突然、バリバリバリとヘリの轟音が公民館の上を通り過ぎていった。


軍用ヘリコプターが昼、夜の別なく離発着する普天間基地

落雷のような音と響きである。
ヘリコプターならヘリコプターらしく狭い滑走路に降りるときは、
基地の真上まで静かに高空を飛んできて、
それから垂直に降りればいいものを、
どういう魂胆か集落の屋根すれすれに水平に降りていく。

まるで嫌がらせで、騒音なんていうものではなく、
腸まで揺さぶられるようなエネルギーに満ちた振動である。
窓ガラスもビリビリと震えている。

住宅の上を飛んで来るやつを防ぐには、
住宅地と基地の間に高くアドバルーンを林立させればいい、
と悔し紛れに思うんだが・・・。

繰り返し中断されたエイズの話。
理解してくれたかどうか。
憮然たる思いで終わった。

一般に、公衆衛生の主務は、大きく分けて、
第一に寿命未満の死亡を防ぐこと。
第二に、生涯続く心身障害をゼロにして、
第三に、病臥(生産性の低下)を予防し、
そして、第四に、生活の質(Quality of Life)を高めること、これである。

このような命題からみて、軍事基地って、一体なんなんだ。
水平線の向こうに敵を想定して、
ハリネズミのように武装することが公衆衛生の命題に適うことか。

例えば、シアトルで、あるいはマイアミで、
住宅密集地の真ん中に飛行場を構え、ヘリを発着させ、
パラシュートの降下訓練をやったら、
アメリカ人は賛成し、黙認するだろうか。

アメリカという国の推し進める国策の
ダブルスタンダード(二律背反)の実態に、
チョウケイの腸は煮えくり返った。

軍隊によって生命や健康が守られたことを、
かつて一度も経験したことのない琉球列島では、
軍事基地は一切要らん、望まんと、
公民館の前で星を仰いだチョウケイ所長。

この次は、基地問題と公衆衛生の話でもしなければならないと、
憤然とした思いで帰路についた。


数十年間にわたって、現在も宜野湾市街地のド真ん中に居座る米軍普天間基地



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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