トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


昭和32年ころの嘉手納ロータリー、嘉手納沖映屋上からの眺め
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

昭和40年代の街頭テレビ中継、沖縄返還協定のニュースを見る

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §31.
血清銀行


人間の体重の6割は水である。まるでクラゲのようだ。
ただし、水がジャブジャブと体の中に溜まっているのではなく、
全身のあらゆる部分に溶け込んで栄養成分や
廃棄物の運搬など重要な役割を担っている。

血液はそのまた一部であるが、
赤や白の血球成分を含む血漿を放置すると、
固形物が沈んで、上澄みとしての血清が残る。

この血清は、卵の白身を薄く溶かしたようなもので、
淡い琥珀色をした液体だが、とてもたくさんの情報が含まれているのだ。

その人が罹った過去の病気の一覧表が隠されている。
特殊な技術で開いて見ると、麻疹や風疹などの伝染病や、
リュウマチなどの慢性病などが明らかになる。

そこで、もし、ある一定の割合で住民の血清が保存され、
流行病の抗体などが観測できたら、
一県、一市町村などの集団免疫レベルが明らかになり、
流行病の発生を予測したり、予防対策に活用できるかもしれない。

次に、その人が最近口にした食べ物の表れとしての栄養状態がわかる。
あるいは、栄養にもならずむしろ体内には在って欲しくない
いろいろな化学物質や中毒物質も含まれている場合もあるのだ。
そして、DNAなどの遺伝素因も分析できるかもしれない。


県内の病院・診療所、保健所などで検査のために採血された血液は、
検査が済めは捨てられる。
たくさんの情報を含んだまま焼却されるのだ。
もったいない。

そこで、世界中の先進国では、WHOのリードで、
国レベルの規模で「血清銀行」を設けて、
大事な情報源としての血清を収集し保管する事業を開始したのである。

1972年、沖縄が日本本土に復帰し、
衛研も全国の衛生研究所協議会に加盟したとき、
国立予防衛生研究所の中に「血清銀行」があり、
血清疫学的な活動が始まっているということを聞き、
チョウケイ所長は大いに興奮した。

ロンドンに留学していたとき、
ヨーロッパの拠点としての「血清銀行」がロンドンにあると
聞かされていたので、それが、東京にもあり、
しかもアジア地域の拠点になっているということに感銘を受けたのである。

よし、それなら、沖縄の衛研にも、規模は小さいが
全沖縄を網羅する「沖縄版血清銀行」を創ろうと発想した。

その案を引っさげて、微生物室の新垣室長を訪ねたら、
「もう始めていますよ。ストッカー(冷凍庫)の中に
たくさん収納しています」というではないか。これには驚いた。
さすが“予研帰り”のべテラン研究員である。

でも、よく見たら、一つ一つの血清サンプルは
なんの脈絡もなく収集されたまんまで、
系統立てた疫学的な応用には、すぐには間に合わない状況である。

チョウケイ所長は担当者を集めて構想を打ち明け、
「血清銀行」の設立に協力を呼びかけた。
待ってましたといわんばかりに、
微生物室、化学室、環境公害室の面々が加わって動き出した。

しかし、血清は血液の上澄みともいえるもので、もともとは個人の物である。その血液を提供した個人、病人であれ献血者であれ、
個人情報いっぱいの宝物をそのまま保存し、分析し、
それをたとえ公共のためとはいえ、公開するというのは問題である。

だから、地方衛研の「血清銀行」では、
個人情報はすべて削除(連結不可能匿名化)して、
住所(地域名だけ)・年齢・性・職業・病歴・など
基本的な属性だけを記録するに留める。

そして、「血清銀行」に預けるということを了承してもらわなければならない。自分の血液の一部が、他の多くの人たちの血液と一緒になって、
自分の住む地域の健康を守るため、
健康科学の進歩のために丁寧に使われるということを
よく理解した上でのコンセンサスが大事なのである。

国立予防衛生研究所の「血清銀行」の場合は、
個人情報については、さらに厳しく、
血清銀行運営委員会の認可がなければ一切使えない規約となっている。

百年後、ある地域でなんらかの健康事象が問題になったとき、
保存されていた血清を分析し比較することによって、
問題の解氷に役立つかもしれない。




次のセクション「§32.吹きまくる風疹」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp 
Copyright © Yoshida Chokei. All Rights Reserved.

inserted by FC2 system