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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


昭和32年ころの嘉手納ロータリー、嘉手納沖映屋上からの眺め
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

昭和40年代の街頭テレビ中継、沖縄返還協定のニュースを見る

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §30.
ハブの成長曲線


那覇市のど真ん中、県庁からわずか200メートル近くに
細菌や寄生虫やハブを扱う研究所が立地していて、
なにかと問題含みの状況だが、
市民・県民は誰もハブが数十匹も飼われているとは知らないでいる。

そんな中、ハブ捕り名人たちは、
県内各地で捕らえたハブを研究用に持ち込んでくれて、
衛研の職員とも知り合いであり、
ハブ捕りのネットワークみたいな緩い組織も出来上がっていた。

持ち込むハブはいろいろで、全長2メートルを越す大物から、
生まれたばかりの赤ちゃんハブまで千差万別。
これら大小のハブを飼育するのは、命がけの大仕事。

大人のハブ(生後20ヶ月以後)は、ハツカネズミ(実験用マウス)を
好んで食べてくれるので、飼育は容易である。
時には、養鶏場からオス雛を貰ってきて、ハブの小屋に放り投げればいい。

卵を産まないオス雛は、早い段階で「雛鑑別士」によって摘み出されて、
卵を産むメス雛から引き離される。
この憐れなオス雛たちは、みんな豚の餌になるのだという。
豚よりハブの餌になった方が幸せだとは思わないが、
感情を殺して、オス雛を与えれば研究所としては楽である。

だが、赤ちゃんハブの餌は簡単ではない。
自然界では、カタツムリ、昆虫、トカゲなど、
小さい喉に入るようなものばかりで、これらを集めることは容易ではないし、ヒヨコやマウスの体全体は赤ちゃんハブの口に合わない。

持ち込まれる赤ちゃんハブをどうやって育てるか、
川村研究員の最大の悩みで、難しい研究テーマでもあった。

粒粒辛苦、川村研究員が考え出した方法は、
要するにマウスでもヒヨコでも、その肉を小さくミンチにして、
ピンセットで挟み、赤ちゃんハブに食べさせるのだが・・・。

好みの違いか、自然に放置しても、赤ちゃんハブは口にしてくれない。
それでは、と、川村研究員は赤ちゃんハブを左手に優しく取り上げて、
おもむろに口を開けさせ、半ば強引に肉片を押し込むのである。

そして、この方法を「半強制給餌法」と名づけて、踏襲した。
この方法は、意外な副産物を生み出した。
餌を与える時間と餌の量が一定になり、その流れ作業の上に、
赤ちゃんハブの身長と体重の変量が
はっきりと記録できるようになったのである。

「川村君、これはすごいことだよ」
「山野で捕まえたハブが何歳なのか、みな当てづっぽうで判断しているが、捕獲したハブの年齢が正確に判れば、生態学的にとても貴重な情報が手に入ることになる」
「人間の赤ちゃんは“母子保健手帳”で身長・体重を量り、
ゆるい上向きの成長曲線を記録していくが、ハブはどういう曲線を描くか、まだ調べられてない」
「ハブの成長曲線を物にしてみないかね」。

チョウケイ所長の提案に川村研究員は、すぐ納得した。
マウスの太ももの肉を、ミリグラム単位で秤量し、
給餌の回数も時刻も一定にして、
コツコツと愛情を込めて「半強制給餌法」を継続した。

三年後(1972年)、
川村研究員が描いた「ハブの成長曲線」が話題を呼んだ。

9月に孵化した子ハブは、間もなく冬籠りに入り、
翌春の3月までの半年間にわずか10cmしか伸びないが、
4月から10月までの半年間に、なんと50cmも身長を伸ばし、
「冬に休み、夏に伸長する」という典型的な
階段状の曲線を描いてみせたのである。

当たり前のことで、沖縄の誰もがうすうす想像していたことだが、
時間軸上で明瞭に示された“緩い階段状の曲線”は、
沖縄のハブ対策の歴史上画期的な成果として、
いまでも専門家の間で重宝されている。

例えば、どこかで捉えた若いハブの伸長を計測すれば、
その月のグラフから年齢の見当がつくというものである。
慣れた専門家であれば、手にしたハブの身長を
計測せずに年齢を推測するが、生態学的には、
やはり正確な年齢を知りたいのである。

2歳のハブがある所で捕獲されたら、2年前、この一帯で、
生殖能力のある雄ハブと雌ハブが一定の密度で
生息していたという事実が判る。

2年後の現在、環境状況が変わってなければ、
この若ハブの親兄弟が依然としてこの近辺で繁殖していることになり、
対策が問題となる。

環境状況がすっかり開発されて一変しておれば、
ハブの密度も激減して、対策の緊急度も落ちているに違いない。

些細なことのようだが、うすうす理解していることを
データで明示することが、科学の仕事であるならば、
川村研究員の業績は立派な科学的な成果であるといえる。

一旦成長したハブのその後の身長の伸びは、
個体ごとにバラバラとなり、しかも伸び率も緩く、
身長から年齢を推定することは科学的ではない、ということも判り、
川村研究員のこの小研究は終結した。

(ハブの成長曲線の図、製作中)




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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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