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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §29.
南大東島水銀事件


メチル水銀による熊本県の水俣病に始まる公害問題が
全国民の関心事であった1973年。

南大東島住民の毛髪から高濃度の水銀が検出されたという
内容の新聞報道で、県内はパニックに陥った。
一面トップに「南大東島水銀汚染か?」と出た朝刊を手にして、
那覇保健所の平田所長は、目を丸くした。

ただでさえ黒くて丸くて大きい目が皿のようになった。
このところ、基地あるが故の環境問題が頻発して、大抵の突発事件には
驚かなくなっている沖縄の保健所と衛研のネットワークであるが。
「絶海の孤島大東島で、一体何が原因で水銀汚染なのだ。」

那覇の東およそ300キロメートルの太平洋上、
切り立つような断崖に囲まれた南大東島。
東京都伊豆大島出身の開拓者たちが1900年に島の開拓に着手して以来、ほぼ一世紀の間サトウキビ一辺倒の島で、
開発以来の製糖工場が一つあるだけで、
水銀を垂れ流す企業は一つもないはずである。

ところが、鹿児島大学の調査班が、総合的な基礎調査の一環として、
たまたま南大東島住民を調べたところ、
毛髪の中に基準値をはるかに越える濃度の水銀が検出されたという。

東京での医学会で発表され、それを地元新聞がスクープ、
水銀=水俣病=南大東島と短絡されて、パニックになった次第。

沖縄には、地方紙として二つの新聞社が
長い伝統と独特の社風を誇りにして競い合っている。
戦後沖縄の民論はこの二つの新聞を両輪として
進展し鍛えられたともいえる。
見出しの大きさと扱いの派手さで社風に差が出る。

ところで、大東諸島は那覇保健所の管轄。
平田所長は衛生課長を自室に呼んだ。沖縄の保健所の衛生課は、
百戦練磨の環境衛生監視員を抱えた全国でも有数の機能集団である。

平田所長の指示を受けた衛生課長は、県庁と衛研に一報を入れて、
直ちに「大東島水銀問題調査班」を立ち上げた。

水銀とかタリウムなどの重金属が人体に入ると、
不要な分は尿から排泄されるが、
かなりの部分が毛髪に取り込まれて徐々に排泄される。
これは生理学上の常識。

だが、常識のレベルを超えて人体に入ると、
重金属は神経組織などに有害に作用するようになる。
その不幸な前例をわれわれは水俣病、イタイイタイ病(カドミウム)として
経験したばかりである。

平田所長は、南大東村役場からの情報や既存資料を整理して
衛生課長と共に解析してみた。しかし、どう考えても、
水銀汚染の源を思わせる事象は見当たらない。

一番肝心な中央学会での報告のプリントも手に入らない。
FAXもない時代である。こうなると、一刻も早く現地に飛んで
踏査する外はない。衛研の化学班を伴った保健所チームが
ポンポン船で南大東へ渡っていった。

大東諸島はキビ作の外に、マグロ、サワラ、カジキなどの
遠洋漁業も盛んである。新聞報道以来、
その島の魚がパッタリ売れなくなったばかりか、
すべての県内産の魚が暴落した。

学者の調査対象となった住民の毛髪と血液をはじめ、
魚介類、地表(池沼)水、土壌など、疑わしい物を片っ端から
分析していく衛生研究所の化学班に対して、
“衛研がんばれ”と八重山漁連からも叱咤激励の電報が届いた。

日本窒素水俣工場(ビニールの原料生産工場)のように、
水銀を廃棄するような工場は全くないが、衛研の分析結果では、
どうしたことか、住民の毛髪中の水銀濃度は
確かに普通の人体のそれに比べてははるかに高い。
島内の散髪屋で集めた毛髪の水銀濃度も断然高い。

その訳は、しかし、すぐ判明した。
なんと、水銀の源は島で取れる高級魚にあった。
沿岸の魚に比べて、大洋を回遊する大型魚には、
水銀が自然に蓄積されるのだ。

大東諸島では、朝・昼・晩のお汁にマグロ、刺身にサワラ、
油揚げにカジキと、豪華な魚料理が続く。
その結果、人体にも微量ながら水銀が増え、
毛髪が排泄装置の働きをして、濃度を高めたのである。

また、これらの大型魚は世界的にも水銀濃度が高く、
アメリカ西海岸の博物館に保管されている百年前の大型魚にも
同程度の水銀が含まれていることが文献検索で判明した。

県内すべての魚介類の一斉検査でも、異常なしと公表され、
パニックは沈静化した。

漁連会長がカジキとマグロの刺身の包みを手に、ニコニコして、
衛研所長室に現れた。
チョウケイ所長は、それを持って隣の保健所に行き、
そのまま平田所長に差し上げた。

カジキマグロ




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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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