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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §27.
ハブとの住み分け大作戦


小さい水納島の地面は起伏が少なく、面積わずか10万坪。
ネズミは一匹もおらず、
ほとんど野鳥だけを餌にして防風林に卵を産むハブ。

たとえ防風林が鬱蒼と繁っていても、
たとえハブが目に見えない部分にかくれていても、
その食欲に頼って誘い出し、一つ一つ丁寧に除いていけば、
必ずゼロにすることができる。


ハブの生態学研究の国庫補助を導いた小玉正任沖縄総合事務局長(左)、右筆者

みずから水納島上陸作戦に参加した小玉沖縄総合事務局長

それには、人間の管理能力に見合うような
面積規模に島を区切らなければならない。
島を5つに分断して、島の一端から順々に駆除をしていけばいい。

幸い、すでに、研究所の若いメンバーによって、
ハブを誘い出して一匹づつ殺す戦術は編み出されていた。
この提案を引っさげて、チョウケイ所長は再度水納島に渡った。

10坪くらいの狭い公民館に島中の人たちが集まってくれた。
島の西の方から防蛇網(魚網)で区切って、徐々にハブを捕獲していけば、4〜5年にはすっかりハブをゼロにすることができることを強調し、
協力をお願いした。

純朴な島の人たちは目を輝かして提案に賛成し、
全面協力を約束してくれた。
公民館はさながら農民一揆の集会のような雰囲気となった。

丁度その頃、福間支所長から
「当年度予算に少し余裕がある、水納島作戦にでも活用したら?」
という願っても無い申し出があった。
渡りに船!!決断はこれで実行に移された。

1973(昭和48)年3月、ハブ支所の職員を先頭に、
研究所の各室からも応援の義勇軍が加わり、島中の男衆も総出で、
島の西側から作戦が開始された。

北から南の海岸へ抜ける間の10mほどの防風林を
少し伐採させてもらい(北部営林署許可)、畑を横切って、
防蛇網が張られた。

防風林は海風が一直線に吹き込まないように、
斜めにジグザグに伐採された。
防風林の中におよそ50m間隔で、鶏一羽を納めた籠を置き、
その周辺に“一本釣り”のマウスを仕掛けた。

お腹をすかしたハブは、先ず最寄の鶏に誘引されて近寄り、
その近くにセットされた、生まれて初めて嗅ぐハツカネズミの匂いに
魅せられて、パクリと釣り針ごと呑み込む仕掛けである。

研究所で実証ずみの妙手。世界でも初めての珍案である。
作戦第一日目の翌朝から、島のあちこちで凱歌が上がった。 
結局、島の西端5分の一の範囲で、半年の間に86匹のハブが釣れて、
実験の滑り出しは好調であった。

考えてみれば、ある地域からハブを除くことは、
理屈の上からはそんなに難しいことではない。
例えば、6畳の洋間にハブがいる場合、これを取り除くことは、至極簡単だ。

なぜなら、その洋間の面積は小さいし、ハブがどう逃げ隠れしても、
いずれは様々な器具、装置を使って捕獲できるからだ。
洋間が体育館ほどになっても、その空間が単純で有限であれば、
ハブが何匹いても駆除は難しくない。

要は、地面を区切る方法と区切られた地面の広さの問題である。
この理屈は今でも通用する。
しかしながら、ここに厄介な問題が起こった。

研究所内の若手研究員の意見として、
「どうせ、島全体からハブを一掃するなら、生態学的にもっと貴重なデータがとれるように、島全体を対象にして長期間にわたって捕獲していく方針に切り替えるべきだ」ということになった。

医師であるチョウケイ所長としては、
公衆衛生の問題としてサッサとハブを一掃して、住民の生活環境を改善し、「一日も早く安全な島にすること」を狙いたいし、
「他の島にも通用するようなデータ」をたくさん集めるために、
たとえ時間はかかっても、島全体を対象にしたいという
生物学・生態学の学究としての職員の意見も理解はできる。

散々迷った挙句、結局、若い研究員の意見を尊重して、
折角大きな成果を挙げつつあった「分断駆除法」を、一時棚上げして、
島全体を覆う「方形区画調査法」に変えることにした。

お蔭で、ハブの習性や能力に関する様々な情報や知見が得られ、
有効な捕獲器が開発されたりして、巨視的に見て、大きな成果が上がった。

が、方針を途中で変更したことについて、
チョウケイ所長は心中複雑な思いである。
島の人たちに最初に約束した「数年以内にハブをゼロにする」という
課題を棚上げにして、調査研究を優先させたのだから、
島の人たちに顔向けがならないのである。

でも、そうこうするうちに、それまで、研究所の小さな予算で
四苦八苦していた駆除実験に、ついに国庫補助がつけられるようになった。これは、水納島の人たちと研究所が一体となって頑張っているのを
見かねた当時の沖縄総合事務局小玉正任局長の采配であった。

現在では、さらに、事業も国庫補助も増えており、平成四年からは、
沖縄県政初めての「県費による統合的なハブ駆除対策」が予算化され、
進展している。

水納島で夜明けを迎えたハブ駆除の実践的な研究は、
30年たった今、ようやく戦略も戦術も出揃って、どんな地域でも、
地元の意欲と納得とほどほどの事業費さえ用意されれば、
「ハブをゼロにする願いは達せられる」ようになっている。

水納島の場合、町当局と島の人たちが一緒になって島の将来を考え、
ハブのいない島にしてから、「その後どうするか」を真剣に企画すれば、
ハブ駆除の費用は自ずから湧いてくると考える。


* 小規模な野外実験から県全体のハブ駆除事業へと進展していく中で、不本意ながら水納島のハブは取り残された形になったが、水納島は、ハブさえいなければ、様々な構想が湧いてくる素晴らしい大地である。内湾を利用しての複合的なレジャー施設、サザエ、沿岸性魚介類の養殖など。
* 内陸部を利用しての、
@ クジャク、七面鳥、ホロホロチョウなどの放飼。さらに、
A 全世界のあらゆる種類の鶏(ニワトリ)の飼育・展示。
B ニシキヘビの養殖。廃鶏により容易に飼育・増殖され、サンシンの素材としても有望。
C ポニー(フィリピン産小型馬)による観光用乗馬クラブの経営。
D 畜産と直結した熱帯植物の観光農園、等々。いろいろな夢が広がる魅力一杯の島である。電気、水道、高速連絡船つきの楽天地に、ただ一点、毒蛇ハブが生息する条件だけがマイナス要因だ。




次のセクション「§28. 国場川を埋め尽くす死魚」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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