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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §24.
危し、宮古島地下水脈


宮古保健所の砂山所長から電話が入った。
体重80Kg.金太郎さんのように太った巨漢の砂山所長だが、
声は滑らかでよく通る。

「吉田先生?ちょっと相談があるんですが、・・・」
「はい、どうぞ、お金以外ならなんでも承りましょう」
「お金じゃなく、水なんです」
「水? 水がどうかしましたか」。

砂山所長の話は深刻だった。
琉球列島で、水に関して深刻でない島は一つも無い。

宮古島には山がなく、川もなく、池や沼もない。
ヒラヤチー(オコノミヤキ)のように平たい島の生活用水は
専ら雨水に頼るしかない。

宮古島

屋根から落ちる雨水は勿論タンクに貯め、地下浸透した雨水が
海岸近くに湧き出る分を大事に使う以外に水源はない。
ごく稀に原野の一箇所を掘り下げて水脈を見つける場合もあるが、
とにかく水には代々苦労している島である。

しかし、隆起珊瑚礁石灰岩の大地の下には
手の指のように平行して走る尾根と谷間が南北に連なり、
膨大な量の地下水が溜まっていることが戦後の調査でわかり、
国の事業として「宮古地下ダム」が構築されてからは、
永年の水への渇望がようやく癒されるようになった。

このダムは、しかし農業用ダムが主目的であり、
住民の生活用水としては、
島の東北部の海岸に流れ出る白川水源に頼っているのである。

南方向に流れる「宮古地下ダム」の地下水脈とは別系統に、
白川水源は東北方向に流れ出ており、
その真上の地上には大野山林と呼ばれる照葉樹林が広がり、
枯れることがない。

宮古の人たちは、先祖代々この山林地帯が手付かずのまま温存され
、白川水源の水源涵養林として大事にされてきたことを知っている。

砂山所長の通報によると、「この水源涵養地帯に、農林水産部の企画によって、牧場が開発されることになった」いうことである。

「牧場って、牛馬のですか!?」
「そうでしょうよ。ウサギやニワトリではないことは確かです」
「白川水源が牛馬の糞によって汚されるんではないかと、
ご心配なんですな」
「その通り。で、衛研と共同作戦で、地上の汚れが地下水脈に影響を及ぼすという可能性を実証したいのです」。

凛凛ひびく砂山所長の声は、ことの重大性に少し弾んでいるようだ。
農林水産部の見解としては、「少々の牛馬の糞は厚い地層によって
ろ過・浄化され、地下水には影響しない」ということであるが、
保健所長の立場としては、「影響しない」という
絶対の保障が欲しいというのであった。

ある場所に物が在るということを証明するのは楽だが、
無いということを立証するのは極めて難しい。
“影響がある”ということは楽だが、“影響なし”というのも難しい。

ところで、どこの国や地方でも、水源地というのは神聖なもので、
清浄でなければならない。

例えば、ハワイではホノルルの背後にある山岳地帯を鉄条網で囲み、
出入り口には銃を持った衛兵が昼夜警戒に当たるほどの厳戒ぶりである。

オアフ島の山岳地帯で、
ダイクと呼ばれる溶岩性の地層に囲まれた天然の地下ダムを
“ハワイの命”として武装兵が守っているのである。

そこでは、米軍の演習は勿論のこと一般人の立ち入りも一切許されない。
戦前の沖縄では、
水源涵養林には「お願所(ウガンジュ)」として香炉が置かれ、
敬虔な「水思想」と宗教的規範で取り締まりを強化し、
さらにハブの繁殖も容認して、人々の立ち入りを規制した。

戦後、沖縄本島では、やむを得ず汚れきった中南部の河川から取水して、大掛かりな浄化装置で水道水を確保しているが、
川や池の水を水源として使う場合、
原水は「沈殿」「ろ過」「殺菌」をして後、
上水道の基準を確認して給水管へ送られる。

しかし、それでも都市部の汚れを払拭することは難しく、
いろいろな味や匂いが微妙に残って、これを気にする人も少なくない。
長崎市や千葉県ではアオコ(藻類)の匂いが取れずに随分苦労した。

わが沖縄県では、国頭の広大な自然林から来る天然水を
加えることによって清浄さを辛うじて保っている。
そのヤンバルの水源涵養林に米軍の演習地が重なっていて、
時々武器弾薬がダムに放棄されるという先進国ではあり得ない
珍事が起こるんだが・・・。

「先生ね。この場合、問題は三つに絞られると思いますよ」
「三つとは?」
「まず、農林水産部の云うとおり、牛馬の糞尿は大自然の浄化作用で、綺麗になって、問題なく地下水に入る」
「フン」
「二番目は、珊瑚礁石灰岩の他の島と同様、いきなり汚染物質が滔々と地下水に加わる」
「フン」
「その場合、農薬・殺虫剤・洗剤などの化学薬品と炭素菌など恐ろしい奴も考えなければならない」
「フーン」
「最後に、これは、科学的な話ではないんですがね。ウチナーンチュが長年培った敬虔な「水思想」の崩壊・堕落です」。

炭素菌とは、コッホによって最初に発見された非常に大きい細菌で、
普段は牛・馬・羊などの動物に感染し、その糞便から外界に出ると、
「芽胞」という外出用の丸い形になり、
人間の皮膚の小さな傷口、消化管、肺から感染する
恐ろしい病原体である。

治療が遅れると十中八九死ぬ。
「芽胞」を含む粉を封筒に入れて世界の指導者に郵送すれば、
簡単にその国を混乱に陥れることができることから、
テロ用の生物兵器にもなり得る恐ろしい細菌だ。


次のセクション「§25.宮古島地下水対策協議会誕生」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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