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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §23.
バガス病


“見わたせば 甘蔗のをばなの 出そろいて 雲海のごとく 島をおほえり”。

宮古島の丘の上から眺めた風景を
宮国泰誠医師が詠んだ有名な短歌である。

キビという作物は、春先に茎を切って土に埋めると、
節ごとに根と芽が出て、夏中成長し、茎の組織に蔗糖を蓄積する。

秋になると糖度が高まって正月を越える頃から
茎の頂上にススキのような穂が出て、風にそよぐ。
雄花が銀白色に開いてキビ畑が雲海のように眺められるようになると、
いよいよキビ刈りと製糖のシーズンだ。

バガスと呼ばれるキビの絞りかすは、
ベシャンコになって工場外に廃棄される。
製糖工場の燃料にする以外に使い道はない。
しかし、キューバ、ブラジルなど砂糖産出国では、
バガスを微塵切りにして糊を混ぜて圧縮して板にする。

いわゆる“バガスボード”である。断熱効果も高く、
表面塗装すればいろいろな家具や建材としても活用される。

南部(島尻)のキビ畑の真ん中に、沖縄で初めてのバガス工場ができた。
経営が軌道に乗れば、原材料も豊富であり、地場産業としても有望である。県民みんなが応援して成功させたいと願っていた。

そんなある日、バガズ工場周辺の農家が騒ぎ出した。
そして間もなく村長さんが衛研にやってきた。
「工場から出る粉塵がひどい」という。

「ひどいって、工場から出ているという証拠があるんですか」
「ですから、その証拠を調べて欲しいんです」。
バガス工場を誘致した村長さんの立場もよく分かるし、
農家の悩みも無視できない。

ガラッパチ根性の強いチョウケイは、
研究所の責任者として直ぐにでも現場に飛んでいって、
粉塵飛散の確証を掴んで上げたかった。

だが、研究所の機構改革で大気室として担当の部署も決まって、
優秀な職員も揃っている。ここは一つ、専門の技術者に行って貰おう。
公害対策室には、粉塵計もあり、
工場内外の空気中の粉塵を調べることは“お茶の子”である。

数日して、調査現場から帰ってきた室長が、
しかめっ面をして所長室に入ってきた。
「工場では、微量に粉塵が計測されたんですが、
工場の軒下から集落まで、どこを計っても基準値以下なんです」
「苦情をいっている農家に会ってきいてみたか」
「それはこれからです」
「今度は私も行ってみよう」。

日本は、戦後復興の最中に国中の至る所で公害問題を引き起こして、
まるで“公害列島”といわれるほど環境破壊が進んだ時代があった。

ところが、日本復帰前の沖縄では、
米軍基地による環境問題は頻発したが、民間企業による公害問題は、
これに比べて少なかった。

市街地の製鉄工場からの煤煙やベニア板工場からの
粉塵問題ぐらいのものであった。そこへもってきて、
農村での小さなバガス工場の粉塵問題である。

クレームをつけた農家の人の悩みを直接聞くことが先決だと、
チョウケイは決断した。

「どこに粉塵があるんですか」
「畑だよ。キビ畑!」
「キビ畑の近くで計っても空気は汚れてなかったという結果ですよ」
「そんなら、ついてきなさい」。


現在の本島南部のキビ作地帯。バガズ工場はない。

日焼けした農家の小父さんが先導してくれた。
夏の盛り、キビは身の丈以上に伸びて、葉を広げ、
緑の天蓋のように連なっている。

天蓋の下は茎と茎の間の畝幅が人間一人が通れるほどの
トンネルになっており、日光も届かず、風通しも悪く、
その中で、枯葉をそぎ落としてキビの茎の手入れをする作業は大変である。

小父さんが真っ先に入って行く後から調査班も緑のトンネルに入る。
小父さんが枯葉をそぎ落としながらキビの茎を揺すった。
すると、いままで清浄な空気に満たされていた閉鎖空間が
突然乳白色の粉塵の舞う息苦しい空間になってしまった。

まるで霧が立ち込めたようである。
天然の霧を吸い込むのなら平気だが、埃を吸い込むのはいやである。
しかも、その埃は無風状態の閉鎖空間の中で
いつまでも乳白色のまま漂っているばかりである。

口と鼻を手のひらで押さえながら、
みんな這う這うの態で農道に飛び出した。

「判りました。測定する必要もありません。
とても細かい粉塵が長い間に降り積もってキビ畑のトンネルの中に
溜まっていたのでしょう。
今日の人体実験をそのまま報告書に書きましょう。
精密機械よりも現場の人間の感覚の方が鋭敏ですからね」。

残念ながら、工場はつぶれた。
現在では、そのくらいの粉塵を工場内で取り除くくらいの技術は
十分開発されているのに、もったいないことをしたと、チョウケイは考える。

“バガソーシス”。
微量の糖分を含んだキビの絞りかすバガスの粉塵が
人間の肺に吸い込まれたとき、
カビが生えて呼吸器疾患を起こすというバガス病。
これがアフリカ、中南米など、世界中の砂糖産出国で増えている。
一種の喘息である。


次のセクション「§24.危し宮古島地下水脈」へ





琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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