トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §22.
野ネズミが消えた


「日出づる国の天子、日没する国の天子に書を致す。.恙無きや?」と、
隣の中国の皇帝に手紙を送った日本の天皇がいたという。

随分無礼で横柄な挨拶ではある。
“陽が昇って繁栄している国(日本)から、
陽が沈んで落ち込んでいる国(中国)に便りするんだが、元気かい?”
という内容である。

手紙を受けた中国の皇帝がなんと返事したか、歴史書にはないが、
いずれにしても“恙無きや”という言葉に興味がそそられる。
ここでいう“恙(つつが)”というのは、ツツガムシのことで、
古来、秋田・山形・新潟3県を中心とした河川の流域に流行した
日本の有名な地方病である。

ツツガムシは、一種の小型のダニで、
リケッチャという病原体を野ネズミからもらい、
時には人間を刺して「つつがむし病」を引き起こすのである。

リケッチャというのは、細菌よりは小さく、ヴィールスよりは大きい微生物で、様々な風土病を引き起こす。
世界には、リケッチャ症の大物として、
南北アメリカ大陸の「ロッキー山紅斑熱」があり、
アジアにはこれまた有名な「発疹チフス」がある。

ところが、戦後になって消滅したはずのこのリケッチャ症が、
沖縄および北海道を除く日本全国でみられるようになったから、
細菌学者が慌てた。特に、南九州に多く発生したので
九州地区の衛研も参加して病原体の究明に努めた結果、
古典的つつがむし病とは違って「新型つつがむし病」であることがわかり、
緊張が高まったのである。

西日本、特に中国・四国・九州には、
昔から腺熱というリケッチャ症で、リンパ腺が腫れて発熱する地方病があり、熊本では“鏡熱”、宮崎では“日向熱”と呼ばれて恐れられていたが、
抗生物質が出回った頃から急激に減少して、
現在では患者が見られなくなった。


地方衛研全国協議会九州地方大会で来県した会員の皆さんと記念撮影(左端・筆者)

1984年、日本にはないと信じられてきた紅斑熱によく似た症例が
突如として四国で見つかり、またまた大騒ぎになった。
衛研ネットワークもまたまた参加して、調査した結果、
西日本を中心としてかなり広汎に存在していることがわかり、
対策がとられて、一段落してはいる。

ところで、沖縄でのリケッチャ症はどうか。
医学界での症例発表もなく、患者発生の報道もない。
リケッチャ症に関しては無風状態である。

1985年、チョウケイ所長の部屋に宮崎から電話が入った。
宮崎県衛生研究所の福田所長は、細菌学特にリケッチャに詳しい。

ここ数年来のリケッチャ騒動で多忙であるはず。
「福田先生?しばらくでした」。
「九州のリケッチャがね、一応落着したんですがね、沖縄はどうなっているんだろうということになってね」
「あ、はあ、こちらも気にはなっているんですが、不勉強で、・・・」
「こちらから出かけようかなと思うんですが」
「それは有難い。是非、こちらにお招きしますから・・・」。ということになり、
県庁との連絡も済ませて、宮崎衛研福田所長をお呼びすることになった。

全国都道府県の衛生研究所の中には、
所長はじめ技術職員に錚錚たる学者を抱えている場合が少なくない。
元大学教授であったり、研究機関の幹部であったりする。

それぞれの専門分野の業績は衛研ネットワークで知れ渡っているから、
力不足の衛研はこれらの学者をお招きして
技術指導をお願いすることがあるのだ。

チョウケイは、早速、細菌室の徳山主任研究員と
衛生動物室の喜久本室長を部屋に呼んだ。

徳山主任は、衛研の誇る微生物専門技術陣の一人。
中国語に「韜光養晦」という言葉があって、
日本語の「能ある鷹は爪を隠す」という意味らしいが、
徳山主任、寡黙ながらがっちりと感染症防止の一角を担っている。
守備範囲が広く、リケッチャを探求するのに打ってつけのベテランだ。
一方の喜久本室長はダニなどの節足動物に詳しい。

「今度、宮崎衛研の福田所長がリケッチャの野外調査に来られる。沖縄のリケッチャに関しては情報がない。一つ徹底的に調べてくれないか」。
「野外のなにを調べればいいんですかね」
「それはきみ、野ネズミとダニだろう。病人は今のところ一人もいないがね」
「じゃ、パチンコを用意しなくちゃ」。

ということになって、福田所長と二人の研究員が
沖縄本島の北部、中部、南部の山野を駆けずり回って
ネズミ捕りのパチンコを仕掛けたが、成果はゼロ。
野山にも畑にも、住宅地にもねずみの姿がない。
ダニ一匹も取れない結果となった。

「すみません先生、成果がゼロで」と申し上げたら、
「リケッチャがゼロというのも、立派な成果ですよ」と、福
田所長に言われて、チョウケイはホッとした。

空を見上げると、ヘリコプターが衛研の上空を飛びながら
殺鼠剤入りの小袋をひらひらと無数にばら撒いているところだった。
野ネズミが全滅し、なにかもまた全滅したに違いない。

野ねずみ


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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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