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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §21.
蚊が死なない


衛生動物室の喜久本室長が、
カタクチワライをしながら所長室にやってきた。
チョウケイ先生がかつて琉球大学校医として勤務しながら
風土病フィラリアの調査・研究に明け暮れていた頃、
彼は理学部生物学科の学生として、
顕微鏡検査を手伝ってくれた戦友である。

学生と教職員の何千何百という血液標本のミクロフィラリアを
丁寧に視ていく彼との根気のいる共同作業のお蔭で、
大勢の学生・職員が風土病から救われた。
いま、彼は、再びチョウケイの戦友として衛研にいる。

「殺虫剤で蚊が死ななくなっていると業者がいうんです」、
「ほう。どんな殺虫剤?」
「米軍が長く使っているマラタイオンです」、
「で、替わりはあるんか」、
「たくさんあります」。

喜久本君は、得意のときはニンマリと相手を睨む癖がある。
チョウケイもニンマリと睨み返して「テストしてみるか」というと、
「そうしましょう」と、簡単に事は進んで、
マラタイオンを含む11種の殺虫剤を調べることになった。

いままで米軍の防疫活動は見事なもので、
これに殺虫剤のDDTが加われば、鬼に金棒であった。
太平洋戦争中、マラリアに苦しめられた日本軍とは違って、
行く先々で伝染病対策を充実させた米軍は悠々と戦いを進めた。

砲弾に倒れた戦死者より、
飢餓とマラリアで死んだ兵隊が多かったといわれる日本軍に対比して、
米軍は「医・食・銃」をたっぷり整えて進軍した。

沖縄上陸後も、直ぐマラリア対策として、
蚊の採集、殺虫剤に対する感受性テスト、
そして兵舎周辺への殺虫剤散布など、
防疫活動を同時に進行させたのである。

戦後そのまま沖縄に駐留した米軍は、伝染病対策を最優先課題として、
まず徹底的に殺虫剤DDTの空中散布を続けた。

この空中散布を眺めた一部の住民には、
マラリアの病原体を空中からばら撒いているんだと
誤解した人も少なくなかったが、戦前には目立たなかった熱病(ヤキー)が、米軍上陸と共に急激に蔓延したから、
そのように思い込むのも無理もないことだった。

戦乱で兵馬が動き、住民の衣食住が破壊されて、
社会が混乱したとき起こる“戦争マラリア”の嵐であった。

米軍は、マラリアだけでなくフィラリア、デング熱、日本脳炎など、
蚊で移る伝染病を極端に恐れ、過剰なまでに感染経路対策を推し進めた。

蚊で移る伝染病だけでなく、日本本土や海外からの引揚者に対しては、
発疹チフスなどの持ち込みを恐れて、
港に下船するたびに全員にDDTの粉末を振りかけて
虱(シラミ)の根絶に努めた。

また、このような昆虫媒介性伝染病の外に、
結核、性病など、米兵に感染する危険性の高い伝染病にも
重点的に対策を進め、ハンセン病、腸内寄生虫病も含めて、
結局沖縄の感染症対策は米兵の疾病予防対策に先導された形で進展し、効果を挙げたといえる。

一蓮托生の住民と軍人・軍属のために優先された伝染病対策であったが、現在の沖縄の長寿者(当時10歳台から40歳台)が働き盛りの頃に採られたこのような一連の疾病対策によって救われ、
生き長らえたことの重大な意義は評価すべきことである。

喜久本君は、まず当面の課題であるフィラリア媒介蚊ネッタイイエカを
試験昆虫に選んで、テストを繰り返した。
11種の殺虫剤がすべて幾段階かに希釈され、一つ一つ効力が試された。

このような実践的な調査研究は、衛研のお手の物である。
行政に役立つ即戦能力を蓄えておいて、
住民から出てくる問題を短時日の内に解決して、
行政に報告する。地方衛生研究所の貴重な職能である。

結果、マラタイオンに対する蚊の耐性がはっきり示された。
マラタイオンというのは、DDTの次に米軍が採用した米国製の殺虫剤で、
もうかなり長い間使用された化学製品。

耐性というのは、蚊に対する殺虫剤の効力が落ちたということで、
新しい殺虫剤に切り替えなければならないということである。

この結果に、米軍から横槍が入った。
「米軍側の調査では、いくらかはまだ有効だから」
在庫分を使い切るようにというお達しである。
“お達し”と言ったって、効き目のないものを手間ひまかけて金も使って、
しかも、事は保健衛生の問題である。

「妥協してはいかんですよ!」という喜久本君のニンマリに睨まれて、
チョウケイ所長は意を決して米軍と対峙することにした。

県庁の担当課と同道、11種の殺虫剤についての
詳細な感受性テストのデータを突きつけて、
米国製のマラタイオンが、もうすっかり駄目になったという事実を説明し、
日本製のスミチオンとバイテックスに切り替えるべきであると粘った。      
結局、米軍の科学班がまず折れて、
遂に殺虫剤の切り替えを認めさせたが、それまでに、
まるまる数週間かかった。

 
ヒトスジシマカ


* 現在、日本国内で、蚊で移る伝染病は日本脳炎だけである。
しかし、国外から持ち込まれるデング熱、マラリア、などを
媒介するヒトスジシマカ、ハマダラカなどは県内にまだ生息しており、
検疫は依然として重要である。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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