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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


基地内の墓所へフェンスの外から遥拝する光景が復帰後も続いている
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

本土復帰までの日数を告げる琉球政府の掲示板

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §20.
テイシューが湧く井戸


チョウケイ所長の内線電話がまた鳴った。
今度は玉城村からだ。由緒ある中村梁ヒージャー(樋川=湧泉)から
便所紙が沸いてきたという。

「ヒージャーの水にベンジョガミがですかあ!?」、
「そうなんです。薄い桃色の便所紙が、ひっきりなしに湧いてくるんです」、
「ひえー、手品みたいですね」、
「冗談じゃないですよ。気持ち悪いから、調べて下さいよう。原因を!」
「判りました、直ぐ行きます」。

近頃、のべつ奇怪な事件の連続である。
まるで、チョウケイ先生の衛研所長としての力量を
試しているような按配である。
所長の力量は兎も角、科学調査にかけては、
衛研の技術陣は超一流である。
チョウケイ所長のガラッパチ根性も半端じゃない。
水質調査班と一緒に勇んで現場に直行する。

玉城村(現南城市)は、沖縄本島南部、隆起さんご礁石灰岩の段丘と
海岸との間に無数の湧泉を抱える水資源の豊かな農村である。
琉球民族の最初の一群が上陸したところとされ、稲作発祥の地でもある。

琉球原人の骨も鹿の骨と共に近くで発見され、
琉球王が長く遥拝した東方洋上の久高島と共に聖域とされてきた
セーファ(斎場)御嶽もある。

海に向かった斜面の随所に湧出する地下水は、
ヒージャー(樋川)と呼ばれる水場となって、飲料水となり、イモを洗い、
水浴をしたり、村人の憩いの空間となって、水質も守られてきた。

その神聖な水源に事もあろうにベンジョガミ?
「そうなんです。これです。」
区長が手のひらに乗せて見せてくれたものは、
正しくシャーベットトーンカラーのソフトティシュペーパーの切れ端であった。この時代、ソフトティシューを使う人間は琉球住民にはいない。
ユーナの葉っぱか、新聞紙の時代である。

その時、先ほどから遠く近くを眺めていた大田公害室長が、
遥か丘の上を指差して、「あそこに米軍の通信基地があるはずです。
あれが怪しい」と叫んだ。

チョウケイ所長はティシュを掬い上げた瓶詰めのサンプルを掴んで、
水質班と一緒に丘の上の米軍基地(現在の琉球ゴルフ場)に急行した。
いきさつを話し、強引にゲートを開けさせて隊長に面談した。

「基地の麓には集落があり、古くからの湧水があること。
水はいつもきれいだが、最近このようなティシュペーパーが混入するようになったこと。断定するわけじゃないが、基地からの地下水汚染が疑われるので環境調査させてほしいこと」をルル説明した。  

隊長は滅相も無いといわんばかりに、断って、
どうしてもなら県庁からの公文書を持って来いという。

数日後、日・英語の公文書を持って、大田室長を伴って再び隊長に会い、
基地内のマンホールを開けさせた。
司令部からの指示があったらしくて、隊長さん今度は素直である。

マンホールの中には、美しいピンクやブルーのティシュがモワモワと賑やかに流れていた。調査班は持参した蛍光色素(フルオレッスン)を大量にぶち込んで消防用のホースで滔滔と水を流し込んだ。

数分後、基地の高台から崖下の集落を眺めていた研究員が
「出ましたよー!」と叫んだ。
2キロメートル下の集落で、湧水を睨んでいた監視役が、
蛍光色素で湧水が鮮やかに染まってきたのを確認して、
大きく合図の旗を振ったのである。
キョトンとしている隊長さんにサンキュウといって、調査班は引き上げた。

県庁と米軍との間の交渉で、
その後基地からの排水パイプが延々と玉城村の遥か沖合いに伸ばされてヒージャーの水も清冽さを取り戻した。

今回の中村渠ヒージャー(樋川)のティッシュペーパー汚染事件で、
近くの垣花樋川(カキノハナヒージャー)を含めて
玉城村全体の湧水が飲料不適とされ、村人は甚大な被害を被ったが、
米軍通信隊による汚染以外にも、
沖縄本島の至る所で地上の開発が進み、現在、
無処理のまま飲料に提供できる湧水、井戸水は一つもない状態である。
悲しいことだ。

沖縄本島中南部の丘の上にある隆起珊瑚礁石灰岩は、
数百万年前の浅い海でできた珊瑚礁が徐々に隆起して、
瘡蓋のように丘を覆っている状態で、スポンジの化石のように多孔質で、
雨水をよく通し、その下にあるクチャ(泥灰岩)の粘土層に水を溜めて、
横に走り、麓の集落に湧水をもたらす。

岩山の下の地下水脈は、縦横無尽に繋がりあって、
近くの湧水の共通の水源となっているため、
地上の一箇所で汚染が進むと、地下水全体が汚染され、
広域市町村の湧水全体が使用不能に陥る場合が多い。

 
米軍のティッシュペーパーが湧いた仲村渠樋川(現在)。現在は飲料不適、
雑用水として、細々として使われている。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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