トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


コザのゴヤゲート通り。英語の看板と戦前の製糖工場の煙突の取合せの妙。1956年頃
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

マーロン・ブランド主演映画「八月十五夜の茶屋」のモデルとなった辻の料亭「松乃下」

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §19.
田熱・レプトスピラ症


1960(昭和35)年代、まだまだ沖縄は医師不足で、
離島僻地の保健・医療は手薄だった。

琉球政府は、止むを得ず全国に公募して、離島診療所に医師を招聘した。

名護保健所も管内に“無医地区”ともいえる
伊平屋、伊是名、伊江、古宇利などの離島を抱えていて、
事情は深刻だった。

その中で、伊是名島はむしろラッキーだった。
東京からベテラン内科医藤田先生が早速応募して着任していたのである。

そして、その伊是名島に医師の到着を待っていたかのように
奇病が発生した。


伊是名島


「妙な病気だな」と藤田先生は直感した。
熱が出て、40度近くに上がったり下がったりするうちに、
白い目が充血して、やがて黄色くなり、体全体の皮膚も黄色くなる。

発熱と黄疸と全身の痛みという症状。
これは普通の風邪ではない。
しかも、このところ4〜5名ほど続けざまに患者が発生している。

「ワイル病かな」。藤田先生は、とりあえず、
管轄の名護保健所に一報を入れ、患者一人一人の情報を調べ直した。

住所・氏名・性別・年齢・職業の項目のうち、
住所と職業に偏りがあるのを発見した。
限られた集落の米作の農家から病人が出ているのである。

伊是名島は結構高い山もあって、水田も広く、
沖縄本島の離島の中では比較的裕福な島である。

そしてこの島は、琉球の第一尚氏王統の祖ともいえる
尚円王の出身地としても有名である。
その尚円が若い頃に、田んぼ作りに精出して、
米の収量が抜群に良かったばかりに嫉まれて、
島を追われたという史実も有名である。

「ワイル病であれば、その田んぼになにかあるに違いない」。
藤田先生のご明察は早かった。


レプトスピラ症感染の現場となった伊是名島の田んぼ

「伊是名島に不明熱発生」という報告を受けた
名護保健所の小田所長の決断も早かった。

「ワイルかも?」という藤田先生の助言を入れて考えた。
「ワイルとなれば、“法定伝染病”である。
診断も血清に拠らなければならない」
「そうなると、衛研の出番である」。

衛研のチョウケイ所長の電話がなった。
今度はヤンバルの名護保健所からだ。
電話の向こうからかなり早口の小田所長の声が響く。

「北部離島の伊是名島で、不明熱が発生しているようです」。
「ほう、不明熱!大勢ですか」、
「今のところ数名ですが、現地診療所の藤田先生の報告ですと、
毎年少数ずつ連続していうようで、
どうも島に長く伝わる風土病のようですよ」。

沖縄の“ワイル病”については、
戦前に県立獣疫血清研究所の大橋正之助所長による
詳細な調査報告があり、
戦後も臨床医によって数々の症例報告がなされて、
沖縄県内に隈なく浸淫している実態がほぼ明らかになっていたが、
今回の伊是名島の連続発生は異常である。

チョウケイ所長は勇み立った。
血清疫学は衛研の得意技である。
しかも、衛研には“予研帰り”と呼ばれるこの方面のベテランが数名いる。
国立予防衛生研究所での研修を繰り返し、
微生物(細菌・ヴィールス)学の基礎と実践を身につけた頼もしい人材、
これを“予研帰り”と呼んで地方衛生研究所は重宝する。
中央の学者とのコネも健在である。

チョウケイ所長は、迷わず福山主任研究員を呼んだ。
天の配剤か、伊是名島はちょうど福山君の故郷そのもの。

「福山君、羨ましいよ、島に奇病が多発しているというではないか。
研究者冥利というものだ。ひとつ全面的にお任せするから、
解明してくれんか」。

こうして、福山主任を中心に、名護保健所、伊是名診療所も加えた
疫学調査班が結成され、島ぐるみの疫学調査が展開された。

絶妙な天の配剤がまだ続いた。
伊是名村長がたまたま福山君の実父ということもあって、
村を挙げての協力態勢が組まれ、人間、鼠族、家畜、田んぼの水、
その他の検査対象から膨大な資料が衛研に送られた。

結果がまたすごかった。
日本に分布する8血清群11血清型のうち、戦前に判明した分を含め、
7血清群8血清型が沖縄県に浸淫していることがわかった。

そのうち、4血清型は九州以北に存在せず、
また逆に
日本本土で流行しているワイル病(黄疸出血性レプトスピラ症)は
沖縄にないという事実。

このことから、日本の現行のワイル病ワクチンでは、
沖縄の異種血清型のレプトスピラ症(島で昔から俗にいう“田熱”)には
効かないということも判明。

その後の新型ワクチン造りが今度は
国立予防衛生研究所(赤真博士)に引き継がれることになったのである。


レプトスピラ症の新型ワクチン開発を主導した赤眞博士(国立予防衛生研究所、左)、右筆者

一離島の小さな診療所〜地区保健所〜地方衛生研究所〜
〜国立予防衛生研究所を繋ぐ見事な連携プレーによって、
貴重な多価ワクチンも国によって開発され、
沖縄のレプトスピラ症対策が着実に大きく前進した。

島に銅像が建ってもいい位の働きをした福山君には、
国や大学や県から数々の賞や学位が与えられたことはいうまでもないが
余得として、米軍マリン部隊が北部山林の川や淵で感染する
レプトスピラ症にもワクチンが適用されるようになり、
兵士たちに恩恵を与えているという隠れたエピソードも紹介しておきたい。

レプトスピラ症は、その後も県内随所で小流行を繰り返している。
八重山でも多発し、最近では北部の比地川に遠足に行き
感染した11歳の児童の例がある。

感染の可能性がある地域で野外活動する人がワクチンを使わない限り、
感染は防げない。


調査活動を大きく支えた福村伊是名村長


伊是名村役場前に勢揃いした調査団のメンバー(左端・筆者)


次のセクション「§20 テイシューが湧く井戸」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





トップページへ戻る|衛研物語について|筆者紹介|沖縄戦後史年表|リンク|掲示板|お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp 
Copyright © Yoshida Chokei. All Rights Reserved.

inserted by FC2 system