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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


コザのゴヤゲート通り。英語の看板と戦前の製糖工場の煙突の取合せの妙。1956年頃
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

マーロン・ブランド主演映画「八月十五夜の茶屋」のモデルとなった辻の料亭「松乃下」

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §18.
熱帯花木オンパレード


そういえば思い出した。1963年のことだが、
チョウケイは、南米ボリビアの沖縄植民地「コロニアおきなわ」にいた。

琉球政府派遣医師として、ジャングルの中の小さい診療所で、
日夜移住者の健康管理と診療に当たっていたのである。
得たいの知れない野獣や鳥類の鳴き声に怯える日々にもようやく慣れて、退屈と望郷の念にぼんやりする日々が続いていたその頃。

ある日、100km離れた州都サンタクルス市から通報が届いた。
琉球政府小波蔵副主席と天野経済局次長が、
移住地視察のためにジャングルの中の診療所を訪ねるということだ。

これは大変。掘っ立て小屋のように小さな診療所。
掃除するスペースさえもない。
看護婦や他の職員と並んで、診療所のドアの前に整列していたら、
森のはずれから濛々たるほこりを巻き上げながら2台のジープが現れ、
全員の前で急停車した。

直立不動で並んでいる前をお二人の琉球政府高官は
軽く手を上げて過ぎ、先を争うように診察室を通り抜け、
裏の入院室へと突進した。

小さな部屋の奥に立てかけてあった太い木の枝から
幾つかの原生ランをむしり取ったお二人。
ためつすがめつ採集品を確認してからそれぞれをバッグに収め、
やっと一息ついてから、チョウケイ所長に向き直った。

後で判ったことだが、お二人とも沖縄では有名なランの収集家であり、
ランの宝庫であるボリビアの移住地視察は
貴重な原生ランコレクションの絶好のチャンスでもあったわけである。


満開のジャカランダ

あっけにとられて呆然としているチョウケイ所長に、天野次長が説明した。
「いやね。サンタクルスの事務所で、
コロニア診療所の吉田ドクトルの部屋には往診のお礼に
患者さんから贈られた野性ランがたくさん置いてあると
聞いたもんだから、素人の吉田さんがうっかり捨ててしまわないうちに
大事な天然資源を保護しようと、二人で相談したわけですよ。
ちゃんとね、絶滅危惧種でないことを確認してね。
植物検疫も通してね。沖縄で大事に育てますから。
心配しないで下さい」。

なるほど。そういえば、往診の途中の森の中で、
枝の上に着生しているランがさり気なく咲いているのを見ると、
ああ、ここはボリビアなんだ。
熱帯植物の宝庫なんだと、気づくことはあったが、
ランを鑑賞する余裕などなく、この方面は、
いままで無聊に過ぎてしまった。

生物資源が最も豊富に分布する大アマゾンの上流地帯にいながら、
ただ朝日から夕日までの一日を繰り返す自分の暮らし方の
不甲斐なさを思い知らされた。

チョウケイは、もともと生き物は好きである。
トンボを追い,メダカをすくい、
ヤファタ(ムラサキカタバミ)の花びらに目を見張り、
カランコロンと鳴る珊瑚の浜の引き潮の音にも
心を奪われて育った自然児なのだが。

チョウケイ所長が反省の思いで、ぼんやりしていると、
「現地診療所として、いま一番困っていることはなんですか?」と、
真顔に戻った天野次長が肝心な話しを切り出した。

我に返ったチョウケイ所長、かねてから琉球政府に要望したいことを
組合幹部と論議して整理していたから、待っていましたとばかりに、
お二人を正視して申し上げた。

「ご覧の通り、診療所の施設・備品はお粗末です。
薬品類も100km離れたサンタクルス市で仕入れなければなりません。
これらはしかし組合が徐々に整備してくれています。

でも、往診用の救急車がなくて難渋しています。
1キロ2キロの間隔で点在する移住者を往診するのに、
時には道路工事用のグレーダー(道鉋)を使うこともあるほどです。
お願いです。救急車一台下さい」。

小波蔵副主席が天野次長と顔見合わせて大きくうなづくのを見て、
チョウケイは二つの野生ランがパット花開いて
部屋いっぱいに香りを放つような幻覚を視る思いであった。

移住地でのいろいろな暮らし向きを聞き終わった天野次長。
やおら立ち上がって、今度はまた植物の話を持ち出した。

「サンタクルス市の街路に紫色の花が満開で、見事だったな。
なんという樹かね、あれは」。
すかさず組合長が「ジャカランダですよ。
街路樹が一斉に咲くと、まるで紫の雲がたなびいているような
風景になります」。

「紫の雲ねえ、よし、ジャカランダの和名をシウンボク(紫雲木)としよう」。

「天野次長、こちらには、もっとすごい花の咲く木がありますよ」
「ほほう、なんという木なの」
「トボロチ。秋にカトレアのようなピンクの花を梢いっぱいに満開させます」
「種子を上げますから、沖縄でも咲かせて見せて下さい」。

* チョウケイが手渡した一握りの種子は、
那覇市繁多川の天野邸に植えられ(現在はおもおろまち公園内に
移植され)、毎年豪華絢爛カトレアのような花を満開させるようになり、
その後、その種子から県内に幾何級数的に普及していった。

その後、地場産業の雄オリオンビール株式会社の創立30周年記念に
実施された「花の国際交流事業」によって様々な熱帯花木が
大量に導入され、観光資源としても評価されるようになった。



トボロチ(トックリキワタ)





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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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