トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


コザのゴヤゲート通り。英語の看板と戦前の製糖工場の煙突の取合せの妙。1956年頃
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

マーロン・ブランド主演映画「八月十五夜の茶屋」のモデルとなった辻の料亭「松乃下」

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §14.
米軍PCP汚染事件


1971年5月、
沖縄本島南部の具志頭村(現八重瀬町)にある中学校から、
衛研の所長室に電話が入った。

管理栄養士のGさんからである。
彼女は、チョウケイ所長が、かつて琉球大学の診療所に勤めていた頃、
校医の仕事の合間に公衆衛生の講義をした家政学科の卒業生で、
教え子の一人である。

「先生、学校給食センターの水が変なんです。」
衛研所長の辞令を受けて、着任したばかりのチョウケイ先生。
身の回りの整理をする間もない、いきなりの“寝耳に水”である。

「水がどうした?」、「ちょっと匂うんです」、
「どんな匂い?」、「石油のような・・・」、
「よし、直ぐ南部水道に電話して、給水ストップしてもらいなさい」、
「もう連絡して、止めてもらいました」、「えらい!」

チョウケイ所長は、直ちに琉球政府(現県庁)環境衛生課に通報して、
事態のただならぬことを告げた。

栄養士の話では、その前日にも
南部上水道の水源の一部となっている
具志頭村内の湧水“ヨモチガー”の大ウナギが
斃死して浮き上がったという。

文明国の上水道は、取水・浄化して給水し始めたら、
末端の蛇口まで一切日光や空気に曝されることなく、
パックされたまま何キロも地下を走り、
蛇口から出る水は無色透明で、無味・無臭でなければならない。
油臭がするということは、普通は、給水管の途中での汚染を意味する。

大事件を思わせる事態にチョウケイ所長大いに緊張するが、
所長は新米でも、職員はベテランである。
科学調査班を立ち上げて、県庁の指示を待った。

知念朝功副知事を対策本部長として調査班が動き出した。
衛研の科学陣がいち早く給食センターの蛇口の水からPCPを検出した。
南部保健所はこの結果を踏まえて、環境調査と聞き込みを展開。

PCP(ペンタクロルフェノール)は、
米軍がベトナム戦で使った枯葉剤の主成分で、
草木を枯れさせるだけでなく、
人体に入ると様々な皮膚症状、内臓障害、神経症状を引き起こす。

特に、妊婦に入ると奇形児をもたらす大変厄介な代物だ。
そんな恐ろしい化学合成剤がどうして
閑静な農村地帯の給食センターに達したのか。

そんなとき、対策本部の薬務担当職員が、
ある重大なエピソードを思い出した。
数ヶ月前、那覇市の南を流れる国場川の岸辺に
大量のドラム缶入り米軍払い下げ物資を発見。

錆びたドラム缶から得たいの知れない油が
漏れ始めている状況を指摘して、
業者に早急な対策を指示したばかりであった。

役所に怒鳴られて、慌てた業者はすべてのドラム缶(@万ガロンの
PCP油剤)をトラックに積んで、南部の原野に“処分”したという。

当時、PCPなるものが、どういう化学物質なのか、
官も民も余り知らなかった。
防腐剤や潤滑油ぐらいに解釈していて、
積み上げられたドラム缶から国場川に流れ込まないように、
ゆっくり行政指導しようと考えていた矢先のことである。

今度は対策本部が慌てた。そして、業者が処分したという
現場(具志頭村仲座)に急行して、見て、
対策本部の面々は腰を抜かすほど驚いた。

そこは、直径70メートル、深さ30メートルほどの大きな窪地で、
底には付近の製糖工場から運んで捨てられた
バガス(キビの絞りかす)が広く堆積している。

業者は、このバガスが吸い取ってくれるものと考えて
@万ガロンのPCP入り油を捨てたというのだった。
ところもあろうに、そこは南部上水道組合(給水人口5万人)の取水源
(ギーザバンタ)から僅か2キロメートルの丘陵地帯である。

沖縄本島中南部の丘陵地帯は、
例外なく隆起珊瑚礁石灰岩を載せた泥灰(クチャ)層からなり、
雨水はこのクチャの不透水層を横に流れて
海岸の断層に湧き出る仕組みになっている。

沖縄戦の最中、平坦地の泥濘に苦しんだ米軍は、
隆起珊瑚礁の岩を掘って砕いて、戦闘用の道路の構築に多用した。

中南部の至るところに、そのような岩石採取後の窪地があって、
戦後は廃棄物処理場となっているところが多い。

町や村の井戸や地下水・湧水が戦後全滅したのは、
このような地表面の荒廃が原因であるといわれている。
戦争の被害は地上だけでなく地下全般に及んだことも忘れてはならない。否、地下水という物質だけでなく、
水を尊重する敬虔な祈りや水思想そのものまで
壊滅してしまったともいえるのである。

北部山林に設けられたいくつかのダム周辺では
米軍のジャングル戦を想定した軍事演習がほとんど無制限に行われ、
県民の唯一の上水道水源池に弾薬が放棄されたり、
あってはならない無法が県民の水への思いまで腐敗させようとしている。

案の定、南部水道の浄水場のろ過池や貯水池からも
PCPが続々検出された。
南部水道給水人口5万人はその後3ヶ月間断水の憂き目に会う。

衛研は、その間、毎日、PCPがゼロになるまで
監視、検査を続けたのはいうまでもない。
回収されたPCP混じりのバガスを近くの海岸で焼却処分しようとしたとき、
米軍の係官が血相を変えて飛んできた。

「それだけは止めてくれ、この物質を焼いたら、
地上最強の毒ガスが発生する」と差し止めるのだった。

結局、頼みもしないのに米軍のトラックがやってきて、どこかに持ち去った。
県外に運搬したのか、県内の広い米軍基地のどこかに密かに埋めたのか、今もって不明である。

PCPとPCBはほとんど近似の合成化学物質である。
油によく溶けるため、人体に入ったら脳・神経に定着したり、
皮膚に症状を表したりする。
カネミオイル(食用油)に混入されて、
多くの皮膚症を発生させた事件もまだ記憶に新しい。

ベトナム戦で米軍が枯葉作戦に使い、奇形児が多発した。
アメリカ人観光客が多数訪れるようになったベトナムでは
いまでもベトちゃんトクちゃんのような障害児が毎年生まれて
住民を脅かしている。



現在のギーザバンタ




次のセクション§15.沖縄県公衆衛生協会誕生」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





トップページへ戻る|衛研物語について|筆者紹介|沖縄戦後史年表|リンク|掲示板|お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp 
Copyright © Yoshida Chokei. All Rights Reserved.

inserted by FC2 system