トップページへ戻る衛研物語について筆者紹介沖縄戦後史年表リンク掲示板お知らせ・更新 mail: chokei@nirai.ne.jp

吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


コザのゴヤゲート通り。英語の看板と戦前の製糖工場の煙突の取合せの妙。1956年頃
 吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

マーロン・ブランド主演映画「八月十五夜の茶屋」のモデルとなった辻の料亭「松乃下」

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §11
ホテルに泊まったニシキヘビ


調査を終えて、明日は帰国という晩、
ホテルのロビーで一人の中年の男が近づいてきた。
沖縄の実業家で東南アジア貿易が仕事だという。
新聞報道で知り、沖縄からずっと調査団に付いて来ているらしい。

「実は私、サンシンの皮を輸入していましてね」

「ここバンコクで買い付けたいのですが、タイの農村で皮にされ、
なめされた皮は、一旦シンガポールに集められて、
それから世界中に売られていくんです。
なにしろ最近ニシキヘビの皮は財布やバッグにも使われていますからね。
華僑に全部握られているんですよ」

「沖縄でも養殖できればいいんですがね」。


社長と別れて部屋に戻ったチョウケイは、
“沖縄でも養殖”という社長の一言が忘れられず、
相部屋の勝山君にけしかけてみた。


 ビルマニシキヘビ

「おい、衛研のハブ支所でもニシキヘビを飼ってみようか。実験的に?」
「僕もいまそれを考えていたんです。赤ちゃんヘビを買って帰りましょう」
「よし、決まった。明日出発前にもう一度養殖場に行こう」。


翌日、お土産用に残しておいたポケットマネーを
二人分はたいて買った幼蛇20匹が箱詰めにされて空港に届けられた。

しかし、一行がホンコンまで来た時、
沖縄が暴風圏に入って、那覇往きのフライトが欠航になった。

台風から抜けるまで3〜4日はかかるという。
ニシキヘビの赤ちゃんは、箱詰めにされて3〜4日持つかどうか。

その時、例の社長がまた近づいてきた。
福岡まで飛べば沖縄行き直行便で明日中に帰れるという情報を
耳打ちしてくれた。


福岡のホテルで入室する時、
ニシキヘビの赤ちゃん20匹のことをフロントに告白すべきかどうか。

「だまって持ち込みましょう。緊急事態です。
暖かいシャワーを浴びさせなければならないし」

「そうだなあ、沖縄の伝統文化の命運にも関わることだからな」。

かすかに匂うヘビの糞の臭みにボーイは怪訝な顔をしたが、
無事入室できた。

勝山が湯船に温湯を満たして、赤ちゃん20匹を放した。
夜、ドアをノックして社長がまた現れた。
一杯飲みに行こうという。

「明日は帰れます。打ち上げパーティーをやりましょう。私がおごります」
「いえ、私たちは公務員ですから」
「まあ、いいから、いいから」。

その“まあいいから”の一言から公務員の堕落が始まると、
チョウケイはいつも自戒しているから、気が進まないが、
勝山にも引っ張られてしぶしぶ夜の博多に出た。

中州は全国でも有名な歓楽街。
キャバレーの女性は、客が入った瞬間にその言動や服装から
“誰が主役で、どれくらいの金を使うか”を判別するらしい。

4〜5名の女性に囲まれてご満悦の社長の向かい側で、
チョウケイと勝山は並んでショボショボと
養殖の可能性についての話をするしかなかった。

キューバの大統領のような立派なあごひげを蓄えて長身の勝山は
白いサファリがよく似合って、
キャバレーでも一際目立つ存在だが、
財布に金はないと察知されたか、女性たちは寄り付かない。
それとも傍にくっ付いている貧相なチョウケイの所為か。


そのとき、社長の傍の群れから外れていた一人の女性が、
勝山を指差してチョウケイに聞いた。
「この方は、外国の方ですか」。
チョウケイは咄嗟に、欝憤を晴らすための一計を案じた、。

「あ、この人ね。メキシコ人なの」
「へえ、メキシコから来られたんですか」。
チョウケイは勝山のひざをつねって、耳元で囁いた。
「一言もしゃべるんじゃないぞ!」。
「日本語は話さないんですか、この人は?」
「全然。で、私が通訳するから、なんでも話しなさい。

この方は、大きな牧場主の息子さんでね、
大学で生物の研究をしておられる」
「へえ、牧場主ねえ」
「そう、牧場を流れる小川にはオパールの原石がゴロゴロしていてね」
「オパールが!ゴロゴロ!!」。

その時、社長の周りの女性たちがチラリとこちらを見たようだったが、
チョウケイは構わず勝山にいった。

「イェーヒャー ヤナワラバー チュクチヤティン 
アビーネー ワー タックルスンドー ワカトーラヤー セニョール」。
勝山はにっこり笑って頷いた。

「いま、この先生はね、ホテルの部屋に
オパールの原石を少々持っているって」
「わあ、すごい!」と飛び上がって、
2〜3名の女性が勝山の傍に移ってきた。

「セニョールはね、学生時代、ダンス大会で優勝したこともある名手なんだ。
お相手してもらいなさい」。

女性たちが次々と申し込んで勝山の長身に
静かに振り回されている事態に、今度は社長が怪訝な顔をしたが、
ソファーに戻ってきた勝山に向かってチョウケイは
構わずウチナアグチを連発した。

「チャーヤタガ セニョール。 ダンスソーティン チュクチン 
アビランタラヤー セニョール」。
勝山が黙ってニヤニヤ頷くのをみて、
「いまのは、スペイン語なんですか。ペラペラなんですね、お客さん」
「うん、まあ普通の会話くらいならね」。

ことさら“セニョール”を乱発してウチナーグチをスペイン風に
アクセントつけてしゃべっているとき、
フロアを横切ってきた新たな女性が口をきいた。

「アイ、お客さんたち、ウチナアンチュドゥ ヤイビーンナア 
メキシコンディイセー ユクシドゥヤイビーサヤ!!」。
早口に事情を話して女性たちみんなに打ち明けたものだから、
女性たちが総立ちになった。
二人が袋叩きにあって、座は逆に盛り上がった。
翌日、20匹のニシキヘビの赤ちゃんも元気に沖縄にたどり着いた。

その後の衛研での養殖実験では、
餌のニワトリに総合ビタミン剤を呑ませておいて、
それが消化されないうちに直ぐニシキヘビに与えれば、
極めて早く成長することが判明した。

沖縄でも養殖が有望であると考えられる。
成長した若いニシキヘビは県内業者に払い下げられた。
襟巻きのように観光客の首にまとわりついて、可愛がられているようだ。



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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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