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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §10
ワシントン条約とサンシン


百万ほどの人口規模の沖縄県では、
コップの中の豆粒ほどでも、ちょっとした噂が爆発的に拡大して、
その話で持ちきりになる場合が少なくない。
民間の不祥事件、行政・政治にまつわる裏話、などなど。

1978年秋、チョウケイ所長は、西銘知事の部屋に呼ばれた。
知事が末端の施設長を呼びつけることは稀で、
大抵、特殊専門技術について意見を聴取する形をとる。

「サンシンの皮はニシキヘビだそうだが、どんなところにいるのかね。」
「たしか、東南アジア・・・」
「それは分かっておる」
「正確な分布地域とその皮の生産、貿易の現状が知りたい」
「うちは、いまハブの研究はしていますが、ニシキヘビまでは・・・」
「よし、東南アジアに行って、調べて来給え」。

西銘順二県知事は、豪放磊落、太っ腹でありながら、切れ者で、
戦前の県立二中から水戸高・東大と秀才の道を突っ走り、
終始柔道・相撲などのスポーツに勤しみ、
部下や仲間を大事にする大人である。

 
ニシキヘビと筆者


かくして、教育庁文化課とハブ研究員に同道して、
チョウケイ所長もタイに飛ぶことにあいなった。

世界の生物資源保護に関する「ワシントン条約」によって、
やがてニシキヘビの皮が輸出入禁止の対象になるという噂が
どこからともなく広がり、県内がパニックに陥ったのだろう。

沖縄の伝統芸能はサンシンで支えられているといえるほど、
蛇皮張りのサンシン(三線)は重要な存在である。
琉球王国時代から延々と庶民に抱かれて育まれたサンシン文化である。

他県の人たちは、ハブの皮でできていると思い込んでいるようだが、
どんなに大型のハブでも沖縄のサンシンに使えるほどの太さはない。

急遽、生物学科卒の勝山君と付け焼刃の勉強をして、
チョウケイ所長にもおよそのことが分かってきた。

*世界の大蛇として、南米のアナコンダ、アフリカのボア、そして、東南アジアのニシキヘビがある

*ニシキヘビにも2種類あって、人や豚も呑み込む獰猛なアミメニシキヘビと肩掛けのように首にまとわりついてぺット扱いされるおとなしいビルマニシキヘビである。

*沖縄のサンシンに使われるのはもっぱら後者で、その需要を満たすためにタイでは養殖もされているという。

*ワシントン条約の規制リスト第一表にはアミメニシキヘビ、第二表にビルマニシキヘビ。
第一表の動植物は絶対に輸出入禁止。第二表は輸出入国双方の了解があればOK。
その規制の緩い第二表から最も厳しい第一表にビルマニシキヘビが移されるというから
沖縄の芸能界は上を下への大騒ぎだ。


タイのバンコクに到着した調査団一向は
翌日市郊外のニシキヘビ養殖場で、皮を剥いでなめして、
一枚のサンシン用皮革商品にするまでの工程を見学した。

「心配ないですよ。ニシキヘビは一度に百個も卵を産みますから、
沖縄が必要な分だけいくらでも皮はとれます」と、
通訳を介しての養殖場の話である。

それにしても、どうしてワシントン条約が改められて
ニシキヘビの輸出入がストップされるという噂が流れたのか。
皮革業者が一芝居打って、パニックを引き起こし、
一時的にでも価格を暴騰させようと企んだのか。 

調査団は、しかし、事情はともあれ、
数百年来続いているサンシン文化の基幹資源である
ニシキヘビの原産地の状況と皮の生産、加工、流通を
この際徹底的に調査することにした。

ビルマニシキヘビは、中国南部からインドシナ半島全域、マレイ半島、
ビルマ(ミャンマー)に至る広範な地域に分布し、
絶滅の恐れはまずないというのが現在の観測である。

絶滅どころか、雨季になると
タイ北部の山間部からメナム河の氾濫に乗って
バンコク市内のチュラロンコーン大学のキャンパスにも
出没するようになるという繁盛ぶりである。

昔、琉球王国時代、
アンナン・カンボジア・シャム・ルソンなどの国々を相手に
交易を保っていた琉球の男たちが、当地滞在中に、
シャムの人々がニシキヘビを手軽に扱い、皮を剥いたり肉を焼いたり、
そして楽器に利用したりする強かさに惚れ込んで、
その作品の一つであるサンシンを持ち帰ったとしても不思議ではない。

チョウケイはサンシンの淵源を知りたくなり、
勝山君を誘って、タイ国立博物館を訪ねた。そしたら、予想通り、在った。

サンシンの原型とも思われるそっくりの骨董品が
ガラスケースの中にあるではないか。
現在の沖縄のサンシンの形と全く同じだが、
大きさはおよそ三分の二程度。「これだ!」と叫んで、
チョウケイは琉球と南の国々との絆の太さを思った。

「こんなに小さいサンシンが、
どうして沖縄に来てから大きくなったんですかね、所長」
「それはきみ、カチャーシー(沖縄庶民の群舞)で掻き鳴らしているうちにムズムズして、長くたくましくなったんだと思うよ」
「マサカア!」

東南アジア産のもう一つの大蛇アミメニシキヘビは、
犬、豚、人間も丸呑みするほど、とても獰猛で、
皮の質も悪くてサンシンの皮に利用されることもなく、養殖もされず、
絶滅危惧種に指定されるほど生息数が減っている。


ニシキヘビの皮が張られた三線の胴    
三線の胴は、古来、ニシキヘビの皮。     


三線の日のポスター
毎年3月4日は「三線の日」で、全島各地でで合同演奏が開催される。




次のセクション「§11.ホテルに泊まったニシキヘビ」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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