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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §08
燃える井戸


緊急電話が入った。今度はコザ保健所からだ。
否、“今度も”と言おうか。
近頃しょっちゅうコザ保健所からの電話である。

なにしろ、コザ保健所管内にはぎっしりと米軍基地が蔓延っているのだ。
「嘉手納の民家の井戸が燃えている」とい うのである。
「井戸が燃えるって?石油でも掘り当てたのか」
「いや、昔からある普通の井戸ですよ、
とにかく専門家を 派遣して調査して下さい」。

風土病については、人並み以上に
勉強してきたつもりのチョウケイであるが、
環境の科学調査となると、てんで自信がな い。

公害対策室の大田室長に頼る以外に無い。
「所長、これはいつものキチガイですよ」
「キチガイ?精神障害者をキチ ガイ呼ばわりすることは、
日本ではもう時代おくれ・・・」
「いや、米軍基地がらみの基地公害。余りにも理不尽で、
くやしいから、略して内輪ではキチガイといいますがね」
「なるほど、その“キチガイ”は所内だけにしておいて、
とにか く、勉強のため、私も行く」。

嘉手納町は、沖縄本島の中部西海岸にある小さな町だったが、
日本軍が飛行場を作ったばっかりに、
沖縄戦ではいち早く 米軍に上陸され、占拠され、滑走路が拡大され、
戦後ずっと東洋一の米軍飛行場を抱えたままの受難の町である。

町域の半分以上が米軍基地に占められていて、
住民は基地の周りの狭い土地にひしめき合って暮らしている。
基地の北側にある屋良地区に行ってみた。井戸の周りには、県庁の係官や

役場の職員や区長らが深刻な顔をして待っていた。
バケツで汲み上げた水は、油膜が張って異臭がする。
「これは、航空燃料だ、分析せんでも判る」、
大田室長は一目 で断言した。

「誰か不埒な奴が投げ込んだのかね」
「いや、所長、基地からわずかな距離ですよ、地下水汚染ですよ」。
そこへ、ジープに分乗した米軍の担当官ら数名がやってきた。
「米軍の燃料だと思われるが、そちらの方もチェックして くれんか、
こちらも一応分析するから」。
上官らしい者に伝えたら、「そんなはずがない、燃料類の持ち出しは一切禁じ られている。民間のケロシンだろう」という。

やりとりしている間に、大田室長は部下らしい米兵と仲良くなっていて、
会話しながら探りを入れているところだった。

そして、こっそり米軍の航空燃料の少量をサンプルとして提供することを
約束させてしまっていた。
将校クラスらしい主任担当官との話が物別れに終わって、
一応現場検証を終わり、バケツの油 を現場のサンプルとして確保し、
研究所に引き返した。

井戸が燃えたのではなく、汲み上げた水が油ぎっていたので、
マッチを擦ったらボッと火がついたという程度だったが、
現場に居合わせた記者の一報で、
新聞はすでに航空燃料だと決めて、報道したので、
世論に火がついて、沖縄中が沸騰した。

1960年代、沖縄は至るところで米軍がらみの環境問題が
噴出して、騒然たる世相となっていた。
米軍は、事件のたびにまず自己防衛のために
一応責任を回避し、時間を稼いだ。
が、衛研は、科学的根拠を黙々と追及して、米軍の鼻をあかした。
そして、米軍を納得させることに成功し、
県庁の行政的・政治的交渉を支えたのである。

数日後、迷彩服の若い兵士が衛研に来て、瓶入りの液体を届けてくれた。航空燃料の持ち出しは一切厳重に禁止されていると
いった将校の直属の部下であるはずの、
この米軍兵士は、あっけらかんとして、
1ガロン分の油 を運んできてくれたのである。

軍隊組織というものの規律のいい加減さか、
二十歳そこそこのこの青年兵士の超法規的な 好意なのか。
いとも簡単に貴重な航空燃料のサンプルを入手して、
大田室長はご満悦である。

極微量の物質でもそれがな んであるか分析することのできる
精密機器が、すでに衛研にはあった。
分析の結果、嘉手納の井戸に現れた油が市販の鉱油とは異なり、
米軍専用の航空機燃料JP−4であることが判り、
米軍があっさり認め、輸送パイプの修理と被害者への 賠償が行われた。

この輸送パイプは、1949年から1956年にかけて敷設された
米軍の燃料用送油線のことで、
那覇港から陸揚げされ た燃料を延々読谷までの
地下を通して送る施設である。

パイプだけでなく、8箇所のタンクファーム、
2箇所のブースタ ー・ステーション(加圧ポンプ場)、
そしてこれらを連結する送油管の巨大なネットワークで、
その全体は「陸軍貯油施 設」と総称されていた。

この米軍の基地間を結ぶ動脈は、
那覇から読谷までの5市2町1村にまたがり、
地上には住宅、 学校、病院、道路などが展開しているため、
環境上、防災上、都市計画上の問題が指摘されていた。

案の定、老朽化した パイプからの油流出事故が頻発した。
嘉手納の“燃える井戸事件”もこの陸軍貯油施設問題の
氷山の一角に過ぎなかった わけであるが、
日本復帰、施政権返還後、
特に民間地域からの撤去を求める声が高まって、
1976年の第16回日米安 全保障協議委員会で、
嘉手納〜読谷間4万平米余の撤去、
那覇〜読谷間の移設などの整理統合が策定され、実施された。

現在、浦添市内に“パイプラインという並木道”が名前と共に残されていて、浦添市の明るい商店街となっている。
毎年、紫色のイペーが梢いっぱいに開花して早春を飾ってくれる。


パイプラインの名残り
パイプラインの名残り


現在のパイプライン通り(浦添界隈)パイプライン通り2
(浦添界隈)





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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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