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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §07
地から湧く日本脳炎


毎年夏至を過ぎて、太陽が真上からギラギラ照りつける頃になると、
昔から日本には熱病が流行りだす。

水田の稲が真っ 直ぐに伸び、トンボがすいすいと飛ぶ真夏。
今まで元気に遊んでいた子供が、急に発熱し、ぐったりとなる。

熱は40度 を超えて、2〜3日続いた後、1週間で解熱すればいいが、
子供の三分の一は死亡し、
三分の一は脳に障害(知能障害、 性格変化、運動異状など)を残し、
三分の一だけが元通りになるという怖い病気。
日本脳炎である。 

しかし、幸いなこ とに、蚊に刺されてビールスをもらっても
みんなが発病するわけではなく、
数十人に一人あるいは数百人に一人の発病率 であり、
大部分の人はなんらの症状を示さず
結果として自然免疫を残すだけである。

日本という名のついた病気は、
この他にも「日本住血吸虫病」などがあるが、
日本人だけが罹る病気ではない。

日本人学 者によって究明されて対策が進められたからであって、
病気の広がりは、単に日本だけでなく広く朝鮮、中国大陸、
台湾 、東南アジアにも跨っている。

日本のように対策の進んでいる国では、
今でこそ子供らが予防接種を受けて発病も死亡も激減しているが、
一昔前は、子 を持つ親にとって一番の恐怖であった。

現在でも、東南アジア地域で年間4万人前後の患者が出て、
そのうち1万人が死 んでいる。

戦後、いろいろな抗生物質によって赤痢や腸チフスなどが
片っ端から消滅していった中で、
この日本脳炎だけは発生源が 自然界にあって撲滅が難しく、
発病しても治療薬がなく、死亡率が高く、
後遺症も深刻で、それ故に恐れられた。

沖縄駐留の米軍もこれを一番恐れている。
この日本脳炎。マラリアやフィラリアと同じく、蚊によって運ばれるが、
コガタアカイエカという特殊な蚊に限られていて、
ほとんど水田だけに発生する。

だから、日本では、東北・北陸以南の米どころから九州・沖縄まで、
コガタアカイエカの分布に一致して南から流行を広げていく。

コガタアカイエカ

ところが、この病気、人から人へと直接移るのではなく、
鳥類や豚などの哺乳類から蚊へ、蚊から人へと伝播していくのだ。

沖縄では、毎年4・5・6月に、北部の豚に日本脳炎の流行が始まり、
それが人間に広まって、6・7・8月に人間の流行となる。

そこで、日本では40年前から厚生省の主導で
「日本脳炎流行予測事業」が始まり、
各県の豚の血清(HI抗体)を検査し、陽性が50%を超えた時点で、
人の「日本脳炎警戒警報」が発令される仕組みになっている。

豚の流行に 後れておよそ2〜3週間後に
患者発生の山が到来するということが判っているからである。
だから、子供たちへの予防接種は、
遅くとも5月いっぱいに済ませなければならない。
<初回は10日間隔で2回、1ヶ 月後に3度目の注射をする>

養豚業の盛んな町村だけ予防接種すればいいという人がいる。
だが、病気の豚からたっぷり血を吸った蚊の一匹分の血液 だけで
一人の人間を発病させるのに十分なビールスが含まれている。

ドライブの帰りにマイカーで運ばれた蚊一匹が、
予防接種を受けてないお隣の子供一人を刺せば
これを倒すこともできるのだ。

ところで、各地の豚の血を採集して、
日本脳炎の抗体価を測定するのが衛研の仕事である。

春になると、各地から送られ てくる豚の血液をせっせと分析する。
北海道を除くほとんどすべての県で毎年行われる行政検査の一つで、
黙々と続けられる。

衛研の場合、担当は宇良宗輝主任研究員(獣医師、医学博士)と
仲地主任研究員の絶妙なコンビ(宇良斑)である

「ただ定常の検査をするだけでなく、この膨大な検査材料を活用して、
なにか日本脳炎に関する新しい事実を究明するこ とはできないか」と、
学問的探究心を募らせたのが、この名コンビの優れたところである。

この宇良班が成し遂げた「沖縄の日本脳炎に関する調査研究」は
膨大なもので、琉球列島独特の地勢と産業に由来する
様 々な流行の様相が明らかになった。

先ず、ブタの集団が日本脳炎流行の増幅装置として
最も重要な(感受性の強い)動物ということは戦後究明されていたが、
宇良班は早くから(1966年来)屠殺場のブタの抗体を調べ続けた。

1970年以降は、沖縄本島北部、中部、南部 の屠殺場を選定して、
系統的に日本脳炎のチェックに取り掛かるようになる。
そして、@その年の気候条件によっては 、
真冬(2月)でもコガタアカイエカは吸血と産卵を繰り返し、
ブタと伝播蚊からビールスが検出されることがあることが 判明。
これには、昆虫専門の岸本班(岸本、比嘉、下謝名)の貢献が大きかった。

A沖縄本島中南部に比べて水田の多 い北部からブタの流行が始まり、
B水田の少ない宮古地区で、1960年代さらに水田が激減したことにより、ブタの 感染も途絶え、1970年以降、人間の患者発生もゼロに収斂していったこと、
Cしかし、県内各離島間の人の交流を 考えると、一離島の水田や養豚業のいかんに関わらず、すべての県民について、日本脳炎に対する免疫の保持(予防接種) は絶対必要であること、
D昭和48年(1973年)以降に継続されてきた日本脳予防接種の効果は歴然としており、
1963年の年間120名をピークに毎年二桁の患者発生をみていた流行も、ついに、1974年に始めて患者ゼロと なり、
以後、ほぼ制圧された形となっていることなど、
極めて重要なことが明らかになったのである。

●昔から日本脳炎の出没と伝播は不思議がられていた。
蚊で移ることは判ったが、真冬に蚊が死に絶える本土の流行地で、
春を迎えてまたどこからともなく現れて流行を再燃させるカラクリは
どうなっているのか。
ひょっとしたら、年中蚊が飛び回る沖縄から気流に乗って
本土に渡ってくるのではないかと、わざわざ定期航路に乗 り込み、
捕虫網を高く掲げて蚊を採集し、分析した学者もいた。
結果はやはり天から降ってくるのではなく、地から湧く ように、
地域地域の蚊とブタの間の小さな生活環が温存されることによる
ということがわかり、予防には地域ごとの予防 接種を徹底させる
ことに尽きるということになった。


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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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