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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §06 
ハブの啼き声


ハブやいろいろな実験動物を、狭い衛研の飼育室で飼っていると、
いろいろなことが起こる。ハブ飼育室の隣には、
日本脳炎の研究と検査のためにガチョウ(鵞鳥)も飼われていた。

そんなある日、チョウケイ所長は昼下がりの余暇を利用して、
お隣の那覇保健所を訪ねた。
那覇保健所の西の端にある医官室は、
いっぱいの西日を受けて、うだるように暑い。

飛行機のプロペラのような扇風機が天井でゆっくり回転している下で、
突然、久場勲先生が独り言のように、
しかし、室内のみんなによく聞こえるように唸った。
「今日のハブはよく啼くなあ」。

すると、それまで、ほとんど丸裸同然となって
フーフーいっていた結核専門医の浦野先生が、
団扇の動きを止めて、顔を上げた。

久場先生は、その浦野先生の方向に顔を回して
「今日は特に声が大きくて、うるさい!」と、つけ加えた。
久場先生は、真面目な顔をして冗談をいう特技の持ち主である。

保健所に隣接する衛研の実験動物小屋では、
研究用のハブが数十匹と、無数のハツカネズミが飼育されていたし、
日本脳炎診断用のガチョウも十羽ほど飼われていて
朝から晩までガーガー啼いていた。

窓を閉めたら暑いし、開けたらガチョウの声が医官室いっぱいに響いて、
みんな苦りきっていた。
しかし、衛研に文句をいってもしようがない。


毒蛇ハブ


狭い敷地に10年ほど前(1958年)庁舎を新築して、
ハブ対策やら日本脳炎などの伝染病対策の基盤を支えて
フル回転している琉球政府立の大事な研究機関なのだ。

こんな狭い敷地に機能満載の保健所や研究所を設立したことが、
そもそも問題だ。ここはお互いに我慢しなければならない。

椅子に沈んだまんま、ダラリとしていた浦野先生が、
久場先生の一言に、しばらくボンヤリと考える風情であったが、
急に椅子から立ち上がった。

「ハブは啼くんですかあ、あのガーガーは、ハブなのー」。
すかさず久場先生が、
「いや、暑い時だけです、普段はおとなしく、静かなもんですよ」
「ヒャー、知らなかったなあ、人生観を変えなければならんなあ」。

すでに目配せされていた他の日本政府派遣結核専門医と
地元の医者が笑いをこらえて顔を背けている間、
浦野先生はプロペラの下を行ったり来たりして、
久しぶりのカルチャーショックを反芻している様子である。

本土の人が沖縄に来て味わうカルチャーショックは、
至る所にあらゆる分野で起こりうるが、
ハブに関する場合は一つ一つが強烈で、
下手をすると沖縄嫌いに陥る恐れなしとしない。

ショックからの快復には地元の人間がやさしく応援して、
その都度沖縄ファンを増やしていくよう心がけるべきである。

翌朝、浦野先生はいつになく機嫌が好かった。
昨日のカルチャーショックは克服されたのだろうか。

しかし、先生、ニヤニヤして、コーヒーを啜りながら
上目遣いに室内を見渡している。
その向こう側で、久場先生がおもむろに語りはじめた。

昨日の“ハブの啼き声”は冗談で、沖縄に来られる先生方には
次々と申し上げる“暑さ凌ぎのお中元”の心算であったこと。
声の主は実はガチョウであること。
ハブには声帯がなく、全く声は出せないことなど、
常識的な補足説明をして、ペナルティーを免除してもらおうと努力した。

「僕もバカじゃないですからね」、浦野先生が、
待ってましたと言わんばかりに背を伸ばして、
「昨日、衛研に行って、ハブの勉強をしてきましたよ、声は出せないが、
その代わり、嗅覚、熱覚(赤外線感知能力)が優れていて、
環境を敏感に捉える能力は侮りがたいものがある。
でも、暑いハブ飼育小屋で、声を上げて啼くどころか、
みなぐったりしていましたね、かわいそうに」。

カルチャーショックを受けたヤマトンチュ(大和人)が、
それを契機にカルチャー(文化)そのものを勉強して、
ウチナーンチュ(沖縄人)以上に物知りになり、
沖縄ファンになるケースが少なくない。

浦野先生は、暑気払いをしてくれたハブと久場先生に感謝するため、
「今日は、医局の皆さんに寿司をおごる」と、言い出した。

埃っぽい医官室の隅に長テーブルが置かれ、
シャリとネタが皿に盛られ、ねじり鉢巻の浦野先生が寿司を握り始めた。
久場先生が真っ先に頬ばった。

1952年から那覇保健所内に仮住まいしていた衛研は、
1958年に同じ敷地内に庁舎新築し、移転した。
現在のパレット久茂地の地点である。


次のセクション「§7.地から湧く日本脳炎」へ




琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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