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吉田朝啓が公衆衛生の最前線「衛生研究所」を舞台に描く、
知られざる戦後・沖縄のリアルな裏面史!


ドル交換所風景
 
吉田朝啓

琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993

米軍毒ガスから命を守ろう横断幕

赤痢、日本脳炎、基地公害、米軍毒ガス移送から、ハブ、性病、アスベスト問題まで、ドクトル吉田朝啓が第五代所長として勤務した「琉球衛生研究所」は、米軍統治を背景に、戦後の沖縄の混乱と復興の中で、ありとあらゆる問題が発生した。ここには、歴史家や、マスコミが取り上げていない、沖縄戦後史に埋もれた特異な陰の部分が横たわっていて、史料的価値が高いばかりか、現代の日米地位協定に基づく、様々な問題と通底していて、見逃せない。
(編集人、サイト制作&運営 樋口謙一)


琉球衛研物語 §05
保健婦のためいき


衛研と那覇保健所は隣同士(現在のパレットくもじの位置)。
予防医学的な業務も不離一体だ。

衛研のチョウケイ所長は、お隣の保健所から、
この春に配置転換されたばかりだが、
これまでの保健所勤務の方が長く、
懐かしさもあって保健所の医官室にときどき顔をのぞかせる。

保健所には、本土の国立療養所から
内科・結核専門医が派遣されているので(1960年代)、
その謦咳に触れるためでもある。

専門医のお人柄もいろいろで、
パイプをくゆらせながらいつも鷹揚な津田先生。
飄々と保健所の至るところに出没して職員との交流に励みながら、
せっせと「沖縄学」の情報を仕入れるのに熱心な斉藤先生。

そして、豪放磊落、酒好きの浦野先生。
この浦野先生、酒臭い息で出勤なさる朝もあるが、
決して仕事は疎かにしない。
かえって一杯きこしめしたほうが調子がいいと、職員は皆知っている。

だが、その浦野先生に関して、
南大東村駐在の公衆衛生看護婦(=現保健師・以下公看)から
苦情が寄せられた。「どうした?」と聞いても上司の看護課長はフニャフニャして要領を得ない。保健所の平田久夫所長、ただならぬ気配を感じて、探りを入れることにした。

毎月一回の管内公看会議のチャンスを捉えて、
南大東島の担当公看を別室に招いて「酒の勢いで、
さては浦野先生、乱暴に及んだ?」と、説明を求めた。

「乱暴なら決着もつけ易いんですがねぇ。微妙なもんですから」と、
やはり要領が悪い。
「うん、で、なにが微妙なの?」。ことと次第によっては、
厚生省と琉球政府の双方を巻き込む一大スキャンダルに発展するのかも・・と、こちらもつい及び腰になる。

南大東島全景

南大東島。
沖縄本島の東方はるか300kmの太平洋上に浮かぶ絶海の孤島。
北方およそ8kmの位置に北大東島、
南方120kmに沖大東島があって、
これら三つの大東諸島の中では最大である。

接岸できる港がなくて(現在は立派な漁港がある)、
人間も生活資材もすべて起重機でコンテナごと宙吊りにされて
揚げ降ろしされるという“おっかない島”である。

年一回の保健所による離島検診でも、例外ではない。
携帯用とはいっても、胸部撮影用のレントゲン装置は重い。
公看用の雑多な検診用具もかさばる物ばかりである。

南大東島での検診を終えた結核専門医の浦和先生とそのチームは、
検診用機材を貨物船で運ばせて後、
サバニに乗って、次の検診予定地北大東島に向かった。

問題は、そのサバニでの出来事であった。
南・北大東島の間は、わずか8kmとはいえ、黒潮のど真ん中。
サバニは復元性に優れていて大波に襲われても転覆はしないが、
その代わり、波はどっさり被る。

そのため、サバニの必需品<潮汲み>が備えてある。
上半身裸、ステテコ一枚の浦野先生が舳先に座り、
櫓で舵をとる船頭さんとの間、
サバニの中央に納まって<潮汲み>に専念していた公看さんが、
ふと顔を上げて、眼前2メートルの視界に捉えたもの。

それは、ステテコに覆われた部分が、潮に濡れて透き通り、
モズクのように黒々と茂りを見せる光景であった。
もっこりとした一物も添えて。

「なあんだ。そんなことか。潮汲むふりをして
船頭さんの方へ向き直ればよかったじゃないか」と、なだめる。

平田所長に答えた公看のため息混じりの一言がまたよかった。
「だって、余りにも見事で、頭がボーッとなってしまったんです」。
琉球列島の潮風は人々を大らかにするのだ。

沖縄の保健所と衛研のネットワークは、1950年、
沖縄民生府が沖縄群島政府となる頃から整備が始まり、
1952年琉球政府となって、「琉球政府保健所法」が施行されるまでに
完成をみて、同時に、衛研が誕生している。

北部、中部、南部、八重山、宮古の順に、
同じ規模の鉄筋ブロック建て平屋のヘルスセンターが勢ぞろいした。

急性伝染病、性病、結核、腸内寄生虫病、ハンセン病、
トラコーマなどの感染症対策、母子保健、環境衛生、栄養改善対策など、
衛研と一体となって、抜群の働きをした。

琉球住民の一人でも病気にさせてはならない。
病気の人は一日でも早く治して上げなければならないと、頑張った。

その頃の青壮年だった人たちが、
いま沖縄県長寿世界一の主役となって、長生きしておられる。


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琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク
§1 全国の衛生研究所とその働き
§2 琉球衛生研究所の生い立ち
§3 衛研の庁舎新築
§4 衛研への本土学者の応援
§5 保健婦のためいき
§6 ハブの啼き声
§7 地から湧く日本脳炎
§8 燃える井戸
§9 アルミニューム工場誘致問題
§10 ワシントン条約とサンシン
§11 ホテルに泊まったニシキヘビ
§12 性病Gメン
§13 毒ガス移送問題
§14 米軍PCP汚染事件
§15 沖縄県公衆衛生協会誕生
§16 牛糞をこねる男
§17ゴールデンシャワーとの出会 い
§18 熱帯花木オンパレード
§19 田熱・レプトスピラ症
§20 テイシューが湧く井戸
§21 蚊が死なない
§22 野ネズミが消えた
§23 バガス病
§24 危し宮古島地下水脈
§25 宮古島地下水対策協議会誕生
§26 水納島上陸作戦
§27 ハブとの住み分け大作戦
§28 国場川を埋め尽くす死魚
§29 南大東島水銀事件
§30 ハブの成長曲線
§31 血清銀行
§32 吹きまくる風疹
§33 轟く基地公害
§34 怒る中山貞則長官
§35 MSA対決
§36 毒牙の生え変わり
§37 寄生虫予防協会誕生
§38 多発する赤痢
§39 魚介類のコバルト汚染問題
§40 シガテラによる食中毒
§41 先天性代謝異常検査開始
§42 「青年の家」とハブ
§43 全校生徒眼が痛い!?
§44 ソロモンの星の下で
§45 平敷式血液塗末標本処理器
§46 古戦場ガダルカナルで
§47 塩漬け琉球列島
§48 中華料理店症候群
§49 逃げたハブ
§50 タリュウム中毒事件
§51 タバコとハブ
§52 ひよこの特攻隊
§53 アフリカマイマイ
§54 杜総明先生との再会
§55 沖縄にも肺吸虫
§56. 衛研、大里の新天地へ
§57 新庁舎建設委員会
§58 コレラ菌安謝川を汚す
§59 クワズイモのえぐ
§60 ハブ探索犬
§61 目下フンセンチュウ
§62 アスベスト撤去作戦
§63 JICAの研修生受け入れ
§64 久高島にハブ
§65 ヴェロニカ製ろ過装置
§66 のた打ち回る島々
§67 サミット先生のこと
§68 カンボジア沖縄友好の会誕生
§69 アセアンの森
§70 チョウケイの転戦
§71 寝たきり予防
§72 郷土劇 “ゆいまある”





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