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吉田朝啓


琉球衛研物語

 Ryukyu Eiken Monogatari 1946〜1993
 
   

衛研物語について(前書きにかえて)


公衆衛生アラカルト
<現在も尾を引く数々の課題>


吉田朝啓(医師)



小生は、公務員医師時代をほとんど衛生研究所で過ごした。

20年の間、琉球衛生研究所〜沖縄県公害衛生研究所〜沖縄県衛生環境研究所と
名称は移り変わったが、研究所の任務は一貫して県民の命と健康を守り、
生活環境を向上させることにあった。

医療界の天守閣ともいえる病院・診療所が一人一人の人間の命を守り、
病む人を回復させることを任務とする一方で、
保健所と衛生研究所は県民全体の健康を俯瞰して監視し、
健康異常を地引網のように捕捉して是正し、
生活の質を全体として向上させるという尺度の大きい働きが要求される。

一国の城でいえば、命の本丸を囲む内堀と外堀の役割といえよう。
しかしながら、一つ一つの対象には、
顕微鏡的に微細で、化学反応的に微妙なミクロの技法が適応され、
高い専門性が職員の資質として要求されるのである。

また、近年ではガン、糖尿病、高血圧症関連の生活習慣病等の疾病群に対して、
疫学的手法を用いて健康度をチェックし、
自然環境を含む生活環境全体の保護に監視のネットワークを拡大して、
活動は多岐にわたっている。

このように、琉球衛生研究所(現衛生環境研究所)は創立後半世紀の間、
絶えず県民の健康生活にぴったりとより添って、その守り手として活躍してきた。

国土の僅か1%弱の県土に
全国米軍基地の75%を担っている沖縄県ならではの公衆衛生上の問題が次々と発生し、県民を悩ませてきたという点、
毒蛇ハブなど沖縄特有の自然環境の故に、特殊な対応を迫られて苦労した点、
そして、現在でも延々と対応を迫っている課題など、
エピソードとしても、裏話としても興味ある事例を小生は経験してきた。

このような経験談を放置するのは勿体無いし、
現代に活かせる内容も数多くあると考えて、公衆衛生アラカルトとして列挙してみた。



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