トップページ
琉球衛研物語 §01
全国の衛生研究所とその働き |
Evidence Based Medicineということばが
よく使われるようになった。
日本語でいうと、「事実・証拠に基づいた医療」ということになろうか。
しかし、それでは余りにもブッキラボーで、判りづらい。
第一、事実に基づいた医療というからには、
証拠に基づかない医療というものがあるということになる。
実際、大昔には、人体の摂理などを理解しないまま、
例えば呪術で病人を手当てしたというし、
試験・検査の設備もないところでは、
優れた医師でも経験や勘で治療せざるを得ない状況もあり得た。
そんな時でも、医師の頭の中には、
それまでに身につけた数々の経験や
証拠に基づく知識や技術の系譜が整然と
肝心なのは、対応した医療の細部にわたって記録し、
いつでも患者や関係者に説明することのできる
事実関係の証拠を残すということだ。
関係者に説明できることを最近では
「説明責任=Accountability:アカウンタビリティー」といって、
これまた民主主義先進社会での常識となっている。
いい加減な医療行為や無責任な行政行為を
許さないとする国民の気持ちの表れだろう。
証拠に基づく行為というのは、なにも医療に限ったことではない。
思い込みや希望的観測で事を進めてはいけない分野、
例えば会社の経営や国・県・市町村の行政の場合でも、
事実関係を調査し、
根拠を確保してから企画し、実践しなければ成功はおぼつかない。
また、行政行為に不具合が生じたときに、
納税者に対して理路整然と説明しなければならない。
そのためにも、行政は科学的根拠を整えるための、
様々な試験検査機関を整備するのだ。
全国の都道府県および指定都市には、各分野の試験・研究機関がある。
農事試験場、水産試験場、工業試験場、そして、衛生研究所等々である。
そして、当然、国には各省庁に属する試験・研究機関があり、
全体として、試験・研究機関の壮大なネットワークが
形成されているのである。
ヨーロッパやアメリカでも全国を網羅する
衛生研究所のネットワークが完成していて、活躍している。
アメリカのCDCやイギリスのNational Laboratory Service と並んで、
日本の国立予防衛生研究所と全国衛生研究所協議会の組織も
有機的に連動し、
それそれの都道府県の衛生状況を睨んで監視おさおさ怠りない。
沖縄の場合は、どうか。
戦前にも衛生に関する検査所が細細ながら存在していたようであるが、
業務のほとんどが警察のためだったり、
淋病・梅毒など特殊な疾病の対応に追われて、
地域全体がどうなっているかという広い視野での調査は
やれない状況であった。
県域全体を見渡して、
住民の健康事象に視野を置いた活動を芽生えさせたのは、
終戦直後に設立された沖縄中央病院(現在の県立中部病院の前身)の
院外活動(Extra−mural activity)であろう。
沖縄に侵攻した米軍は、
上陸以前からすでに沖縄住民の衛生問題にも方針を定めて、
戦前の衛生水準をまず保障し、
占領行政に支障のない限り、居住民の風習と財産権を尊重し、
住民が望むならという前提で、
それ以上の水準を目指して施策を展開するということを言外に含めた、
いわゆる“ニミッツ布告”なる宣言をした。
現在の沖縄市コザ十字路(くすのき通り・警察署周辺)近くに設置された
“沖縄中央病院”は、米軍の野戦病院をそのまま転用した
カマボコ型コンセットから成っていたが、
一応総合病院の体裁は整っており、
戦後の混乱期には、とても頼もしい存在だった。
くすのき通り、旧コザ市(現・沖縄市)
戦後引き続き駐留することになった米軍自らのためには、
改めて完全装備の軍病院を嘉手納に創って、
軍人・軍属の保健・医療に備え、
民間用の沖縄中央病院の育成にも力を注いだのである。
この点は、評価に値する配慮であった。
そして、特記すべきことは、病院に付設して、
「沖縄中央衛生検査所」を置いたことである。
これが、琉球衛生研究所(以下衛研)の萌芽となった。
次のセクション「§2 琉球衛生研究所の生い立ち」へ
|
|
琉球衛研物語
総インデックス
全72セクション・リンク |
|
|
|
|
|
|